負けてたまるか、1.5倍

野茂選手によって突破口が開かれた日本選手のメジャーリーグ挑戦は、いまでは日常的になった。所属する球団の高額オファーと比べると、小遣いほどの年棒に1年間の時限契約。結果を出せなければ即使い捨てのルーキー扱いだ。それなのになぜ、若者たちは海を渡る?「自分の力を世界で試してみたいからです」という定番の答えにも一理ある。日本でエースだスターだとちやほやされても、しょせん身内の華。外国は怖いぞと脅かされると「それならなお行ってみたい」と逆らう気持ちが、すなわち青春スピリットだ。

長年勤務した兵庫県立こども病院を退職し、49歳の小児外科医のルーキーとして、アメリカの大学教授のポジションに挑戦したのは17年前のことである。野球と同様、当面は1年契約。年ごとの更新はできるが、6年以内に永久契約が取れなければそれまで、という条件だった。

外科医は手術成績、医学生教育、それに研究実績によって評価される。手術のウデはかかった時間、合併症、それに患者の満足度で判断。研究事業は世界各国の同業専門家に問い合わせて評価を受ける。「負けてなるものか。1.5倍でいくぜ」と心に決め、精進の2年のち永久契約を勝ち取り、外科教授に昇進した。

1.5倍というのは、手術数、講義の準備時間、研究論文の数など、すべての面で競争相手の5割増しでいくという意味だ。50歳の峠を前に1.5倍はキツかったが、終わったあとの爽やかさも1.5倍だった。アメリカでは野球選手も外科医も、1.5倍でいかなければなかなか勝つことはできない。

(出典: デイリースポーツ)

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