視点の違い

20カ国から300名もの外科医が参集する国際学会では、学術知見の交換もさることながら、ラウンジでの四方山話が楽しみだ。それぞれが異なる文化圏に住んでいるのだから、視野視点は違って当然。話題はイラク問題から地球温暖化、ニッポンのJR事故に飛んだ。

電車に乗り合わせた電車の運転手が、事故現場を離れて職場に向かったことで責められていると知ったアメリカの外科医は、開口一番、「非難するのは間違いだ」と断言した。

この御仁、救急医療専門医の資格も持っていて、あらゆる事故犠牲者の対処治療に関しては、知る人ぞ知るプロフェッショナルである。

「現代救急医療の原則に従うと、たとえ外科専門医であっても、事故の現場ではCPR(心肺蘇生)と応急止血以上の診療行為はしてはならない。救急車が到着するまで、患者は動かさない、というのが鉄則だ。パニック状態になったシロウトが、犠牲者を抱き起こし抱えて運ぶと、ショックや脊髄損傷など致命的な結果を招く。だから、運転手たちは現場に残ったとしても、何の役にも立たなかった筈だ」

「JRの社員でありながら、現場を離れるとは何ごとか。社員なら現場に留まるのが当然だというのが、二人の運転手を責めるメディアの論点です」

「その論に従うと、その鉄道会社はすべての職員に職場を放棄させて、現場に送りこむべきだったということになる。その結果、電車や新幹線が停まったら大変な混乱を招くだろう」

「それは極論というものです」

「では、境界線を何処に引くのかね。仮に運転手が現場に留まったとすると、二人が運転する予定の電車は動かない。それが混乱の連鎖を招いたら、こんどは誰を責める?危機管理に際しては、感情論で判断や行動してはいけない。こんどの事故の対応を聞くと、わたしには、論より情に重きがあるように思えるね」

「?」

(出典: デイリースポーツ)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です