ブルーシャトーと野生のサル

いま、カナディアンロッキーの真ん中の、森と湖にかこまれて静かに眠るシャトーに滞在し、この稿を書いている。真っ青な空、澄んだ空気、雪をかぶった鋭い峰、沢を埋める分厚い氷河、そして鏡のようなエメラルド色の湖。ひと昔まえ大ヒットした、ブルーコメッツの「ブルーシャトー」の歌詞そのままの状景だ。湖面に映るシャトーの影を眺めていると、ブルーシャトーの流行った在りし日の想い出が甦る。

先週は、国際学会出席のためバンクーバーで過ごした。太平洋を取り巻く国の持ち回りで年に一度の学会には、今年も20カ国から300人の外科医が参集した。1975年に入会したホノルル大会では、会場で出会う人みんなが大外科医に思えた。それから30年間、殆ど毎年出席し、個人的に手術のコツを問い問われして、多くを学び教えてきた。活動する国は違っていても、毎年会っていると、互いに固い絆で結ばれる。 30年前に出会った外科医の8割方には、もう再び会うことは出来ない。だが、逝った先達から習ったことを、次の世代に教え伝えていくのが残された者の務めだ。情報技術がいくら進んでも、外科の知技の伝承は、人から人への直伝には勝てない。こうして受け継がれてきた知見が、世界でどれほどの幼い生命を救ったか計り知れない。にもかかわらず、日本の病院には、医師の国際学会出席にいい顔をしない幹部がいるところもある。是非、考えを改めてもらいたい。

学会恒例の晩餐会では、遠来の友人と同席もよし、自国の者同士が集まるもよし、各自が選んだテーブルに着くのが伝統だ。ふと気づくと、会長挨拶に続くプログラムのすべてを無視し、私語に熱中する日本の若い医者のテーブルがうるさい。並み居る各国代表の顰蹙を買っているのに知らん顔。あまりの無感性に、注意しかけて止めた。野生のサルには、人の言葉は判らない。哀れだ。

(出典: デイリースポーツ)

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