アイオワのテロリスト疑惑

アイオワセミナーが終わって2日目の朝、滞在延長組のY氏兄弟とゴルフをするため、早く目覚める。天気は今日も快晴。爽快な気分でロビーに下りると、あら不思議、M氏とK氏がいるではないか。きのうの朝見送った2人は、確か今頃ニッポンの筈。幽霊を見ているような気がしたが、ワケを聞いてずっこけた。

昨日の早朝、シカゴ経由でニッポンに向かうため、アイオワの空港でユナイテッド航空機に搭乗を済ませたご両人、シートベルトを締める間もなく、乗り込んできた空港警備官の名指しを受けて、機から降ろされた。わけもいわずに警備員室に連行され、スーツケースに鍵を掛けたままチェックインをした理由を厳しく詰問されたという。

「うっかりしてまして、すんまへん。スーツケースの中を調べるなり何なりして、早よ飛行機に戻しておくんなはれ」

と頼んではみたが、係官の説教が終わると、機はすでに飛び立ったあと。これが、帰国が今日に延びたワケだ。

「アメリカは、一体、どないなってますねん。自分のスーツケースに鍵をかけるのは、当たり前やないですか。来るときの関空では、こんな厳しい検査はしませんでしたよ。説教はされるわ、ニッポン行きの便には乗り遅れるわ、えらい目にあいました」

両氏は不平たらたらであるが、これは現在の米国世情を知らぬ御仁の寝言。

「9/11以来、対テロ戦時下にあるアメリカでは、乗客は荷物を全部開いた状態にして、空港警備官の検査を受けるのが常識です。係官は、鍵が掛かったままだと、爆弾が仕込んであると見なします。その荷物の持ち主は、テロリストと疑われて当然です。本来なら、お二人は、今頃FBIの手中にあって、一晩中寝かされもせず、厳しい尋問を受けているところですぞ。一日遅れても、ニッポンに戻れるだけでよかったと思いなさい」

今度のアイオワセミナーは、珍事に継ぐ珍事で疲れた。

(出典: デイリースポーツ)

アイオワの無賃ゴルフ

「今日は、大変楽しいゴルフでした」ホテルへの帰途、地平線まで広がる緑の大地を眺めてO氏とI氏は上機嫌だ。「ところで、センセ、今日のプレー料金を清算させてください」両氏からの突然の申し出に、おもわずハンドルから両手が離れかけた。

先月アイオワ大学で病院管理学セミナーを開催した。その前夜祭ゴルフの初日のことだ。クラブハウスの玄関で二人を降ろし、クルマを駐車して戻ってみると姿が見えぬ。「チェックインを済ませて練習に行ったな」と思いながら、プレー料金の支払いを済ませて外に出ると、スタッフが「何時でもスタートしてください」と言ってくれる。何処からともなく現れたご両人と、1番ティーに上がりプレーを開始した。

アメリカのゴルフコースでは、チェックイン時にプレー料金を前払いするのが常識だ。あとの買い物や飲食の支払いは、すべてその場で、現金で済ませる。18ホールを通しでプレーし、ニッポンのように、ハーフが済んだ時点で食事を強要される心配はない。クラブハウスには、ロッカーやシャワーも備え付けてあるが誰も利用しない。着替えはクルマのなか、シャワーは家に帰ってからだ。クラブハウスに入るのにジャケット着用を強制するニッポン特有の不思議な規則もないから、気楽である。

ワケを知った両氏の消沈ぶりは、おかしさを通り越して、気の毒なほどだった。「ニッポンでは、プレー料金は後払いですから、センセがまとめて払って下さったものと思っていました。紳士にあるまじき無賃ゴルフをしてしまいました。ニッポンの恥になります。是非、クラブハウスへ引返してください。支払いを済ませずには、ニッポンに帰られません」「ま、そんなに大層に考えんでよろしい。昔から旅の恥は掻き捨てといいます。ただし、今日の出来事は、生涯の語り草にさせてもらいます」というワケで、このコラムの語り草にした。

(出典: デイリースポーツ)

40年前のアスベスト

「アスベスト(石綿)を長期間吸引すると、アスベストーシスという肺繊維症や、肋膜に発生する悪性中皮腫の原因となる」

記憶をたどると、昭和30年代に医学部で使った病理学の教科書に明記されている一節である。卒業後に受けた米国医師国家試験にも、アスベストと中皮腫の関連を問う問題が出ていた。今から40年前、医学の世界では、アスベストと悪性中皮腫との間にある因果関係はすでに常識であった。

その後何年か経って、「大脱走」や「ブリット」で一世を風靡したハリウッドの映画俳優スティーブマックイーンが中皮腫になったと伝えられた。ロスの医師団から不治の宣告をうけると、メキシコに移って実験的治療を受けたが、効果空しく、若くしてこの世を去った。

20年前アメリカに移って、住む家を探したときのことだ。外科医という職業柄、病院から数分の範囲にある売り家を見て歩いた。案内してくれた不動産屋の女性は、「法律で決められているので伝えておきますが、この一帯は昔からの住宅地なので、どの家でも、暖冷房のダクトや給湯パイプの周りには、アスベストが使われています」「そのまま住んで、大丈夫なのかね」「アスベストは寝た子と同じ。そっとしておけば大丈夫です」「除去はできないの」「出来ますが数百万円の費用がかかります」という。

「最近新築の家にも、アスベストは使ってあるの?」「いいえ。数十年前の米国政府のアスベスト使用禁止令以後に建った家には、一切使ってありません」

日本では、わずか10年前の1995年に、初めて毒性の強い種類のアスベストの使用禁止令が出された。

40年前の医学部で「アスベストは中皮腫の原因となる」と習って30年後のことだった。医学界と行政の間に情報伝達障害があったのか、はたまた情報が途中で握り潰されたのか、いまとなっては不明である。

(出典: デイリースポーツ)

緒方貞子さんのトイレ

10日ほど前、ニッポンに着いてすぐ買った週刊誌の、「国際協力事業団(JICA)のトップレディである緒方貞子さんが、理事長室に専用トイレを新設したのがけしからぬ」という記事を読んで仰天した。国際協力事業団という公的団体のトップが、自分だけの専用トイレを公費で造らせるのは無駄遣いだ、ローカひとつ隔てた一般職員のトイレを使えば済むことではないのか、という主旨の記事だった。

アイオワ大学病院に勤める各科幹部のオフィスは、役職によって仕様の違う個室である。外科教授に昇進したときには、準教授時代より数平米広くて快適な個室を貰い感激した。小児外科部長に昇進し、職員を束ねて科を仕切る役目につくと、さらに一段と広い部屋を貰った。

幾つかのセクションを束ねるディビジョンのトップには、トイレつきの個室を与えるという院内規定がある。友人の外科教授がディビジョンの長に昇進したが、生憎トイレつきの特大個室には空きがなかった。そこで病院は、通常の個室二つの隔壁を取り払い、一つの特大個室にし、トイレを新設して、新しいディビジョンの長に与えたが、だれも無駄とは言わなかった。これで驚くのはまだ早い。外科全体を仕切る主任教授の個室には、トイレのほかにシャワーもついているのだ。

日本独特の平等至上主義を信望する御仁にとっては不快だろうが、米国の大学や団体では、オフィスの広さや設備は、持ち主の立場や裁量の大きさを推し測る重要な目安として、社会に定着している。

緒方貞子さんは国の国際事業団体であるJICAの最高責任者である。JICAのトップは日常的に各国要人の訪問を受ける。要人訪問客は、最高責任者のオフィスに迎えるのが国際常識である。面談の時間が長引けば、要人といえども、用足しをしたくなる。そうした場合、一国の大臣を「ローカの先のトイレにどうぞ」と案内しますか?すれば、それはニッポンの恥ですぞ。

(出典: デイリースポーツ)