J航空には絶対に乗らない理由

一月前、ハワイに戻るため関西空港に赴くと、今日のU航空ホノルル便は欠航だという。「代替便をJ航空にお願いしております」という申し出は即座に断った。見送りに来てくれたY氏に頼んで、梅田のホテルに連れ戻してもらった。

J航空の代替便を断ったのには、きわめて深刻なトラウマがあるからだ。1997年11月某日、仙台発大阪行きのJ航空B737に乗った。日本海にでて新潟の沖から本州を横断し、伊勢湾上空で右折して伊丹空港にむかうルートだった。天気は快晴、おだやかな飛行日和である。客席の半分を埋める乗客は、くつろいでフライトをエンジョイしていた。

雪を頂く日本アルプスが右手に見える地点に差し掛かった頃、乗客に飛行中のコックピットから槍岳や穂高岳を見せるという客室乗務員のアナウンスがあった。乗客は数人づつに分かれ、席を離れてコックピットにむかう。

その光景をみながら、もし乗客のなかにオカシナ人がいて、スロットルレバーの上に倒れ込んだら機の運命やいかにと想うと、背筋の凍る思いがした。この時の恐怖は、いまも心の片隅にトラウマとして留まっている。

機長はじめクルーは、乗客に大サービスをしたつもりだろうが、彼らの行為は旅客航空業界の定めた安全航行の法令に違反している。

航空会社の業務は、乗客を安全に目的地に到着させることが第一義である。機に不備があるなら遅れてもいい。欠航も厭わぬ。フライトの安全のためなら、勇気ある決断を歓迎する。その決断を支えるために、業界や各社は法令を整備しているのではないのか。

仙台発大阪便の観光飛行は、クルー自身がその法令に違反した。当日のコックピットの行動は、飛行日誌に記録されているのだろうか。興味のあるところだ。

以来、J航空の便には絶対に乗るまいと心に決めた。身の安全のためなら、大阪に1日ステイオーバーするぐらい、厭わしくはない。

(出典: デイリースポーツ)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です