法令遵守

「これは病院全体の意思決定による絶対命令ですから、服従しない人には退職してもらいます。命令の批判や論議も解雇の理由になると理解してください」

全スタッフ医師を対象に開催された緊急法令遵守説明会は、いつもの勉強会とは違う緊迫した雰囲気だった。絶対命令を要約すると、患者に実施した個々の診療行為と、実施者を明確にカルテに記録することである。それだけのことで、絶対命令だの批判者を解雇するだの、大げさが過ぎると思われようが、そのウラには切実で重大な事情があるのだ。

ことの起こりは、それより数ヶ月前、ミネソタ州の大学病院が、研修医の診療行為に対し診療報酬を不正受給していた事実に発する。裁判所は、大学病院に対し、10年前にさかのぼって、100億円もの追徴金を米政府に返済するよう命令を下した。

この厳しい処罰は、全米の大学病院に強い衝撃を与えた。アイオワ大学病院でも直ちに緊急会議が召集され、全スタッフ医師に対して冒頭にのべた絶対命令が下ったのだ。

この背景を少し解説すると、今、米国の病院には10万人の研修医が勤務している。研修医は医師免許を持つ医師であるから、医療行為はしても良い。だが、研修中の身分であるから、その診療行為に対して診療報酬を請求することは、連邦法で禁じられている。見習い中の医師に診てもらって、カネを払う道理はない。違反した病院は、詐欺の疑いで、連邦捜査局(FBI)の摘発を免れぬ。

「法令の批判も論議もならぬとは、自由と民主主義を掲げるアメリカの大学らしくありませんな」 法令に詳しいC教授にたずねてみた。

「命運が掛かる重大事に、関係する構成員を法令で拘束するのは当然のことです。決ったことに従うのは、団体構成員の責務です。文句があれば、団体を脱退してから言えばいいのです」

最近のニッポンの政界を眺めていると、このやり取りの記憶が甦ってくる。

(出典: デイリースポーツ)

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