ペコちゃんが泣いている

世代を超えて愛されてきたペコちゃん人形がアイドルの老舗菓子屋チェーンが、倒産しかけて大手のパン屋に吸収されようとしている。ことの起こりは使用期限のきれた原料を食品製造に使用したという内部告発が発端のようだ。事態が明るみにでると、テレビ、新聞、週刊誌は菓子屋のあれこれを異常な熱心さであげつらい世間の注目を集めた。しばらく閉業に追い込まれた菓子屋は、資金尽きて大手のパン屋の救済を受けるという。つい最近になって、当時、テレビの人気番組が報道した内部通報者からの情報が偽造であったことが明らかとなった。辛口の論評を売り物にする番組主宰者の人気タレントが、自らの番組の放映中に謝罪するというニッポン独特の決着をした。だが、これはアメリカのテレビでは絶対に見られないシーンである。

報道された出来事の一連の経過は依然闇の中。アメリカンの眼でみると腑に落ちぬことだらけだ。まず、この出来事には菓子屋から実害を受けたという被害者が存在しない。内規に反して製造された製品を食べて病気になった人間は居ない。ペコちゃんがアメリカに在住中なら、こんどの1件は社内問題で片付けられたことだろう。

アメリカだと、通告者からの密告のウラもとらずに報道したテレビ局は裁判で敗訴し、何十億円単位の賠償金の支払いを命ぜられたことであろう。巨額の罰金や法的報復が、弱肉強食のアメリカ社会では、弱者を護るための強い歯止めの作用をしている。

10年前、人気者の黒人女性タレントが挽肉製品の0157汚染問題について製造会社を番組で批判した。挽肉会社は直ちに訴訟に踏み切り、莫大な額の損害賠償金を手中にした。企業の責任者たるもの、株主、社員、そして顧客の利益を護る義務がある。謝罪の言葉などに惑わされず、受けた損害をきっちりと訴訟で取り戻すのがアメリカの経営者だ。

(出典: デイリースポーツ)

「オペのイチロー、世相を斬る!」

先月末にニッポンに来て束の間の3週間が過ぎた。いま春爛漫。ニッポンの桜を存分に楽しんでいるところだ。寒さの厳しい冬もお水取りを過ぎる頃になると、そこここに鳥がさえずり、木々は若芽を膨らませる。水ぬるむ頃、野には蓮華が咲き、ふきのとうやつくしが目を覚ます。よもぎの葉を摘んで香りを嗅ぐと、むかし遊んだ川原を想い出す。快いファンタジーに耽っていると、このままニッポンに留まりたくなってくる。胸中に蠢動する春のきまぐれは過去に何度もあったが、今度のように胸のときめく名残り惜しさに変じたのは初めてだ。なぜだろう。

「ハワイは春夏秋冬の節目がのうて、秋と冬は永久にこない絶海の小島やおまへんか。そんな島によう辛抱して住んではりますな。そのうち南洋ボケになりまっせ。はよ戻ってきなはれ」ニッポンで再会した大阪のオッチャンは相変わらずハワイに対して厳しい言葉を吐く。「オッチャン、ハワイで誰ぞにフラれでもしたのと違いますか?」水をむけると「いや。誰もが思うてる当たり前のことを言うてるだけです。センセみたいなお人は、ニッポンにおらなあかん」だと。

「からだはハワイにあっても、気持と心はニッポンにしっかり根付かせ残しています。ウソだと思うなら、先週全国の本屋の店頭に並んだ『オペのイチロー、世相を斬る!』(松柏社¥1500)というちょっと変わったタイトルの本を読んでもらうと判ります」

「ふーん、センセは手術のほかにモノ書きもしはるんでっか?モノ書きは英語でしまんのか?」「勿論ニッポン語です」「それやったら早よニッポンに戻りなはれ。ハワイで英語みたいなもん使うて暮らしてたら、ニッポン語を忘れまっせ。大阪で関西弁で暮らすほうがなんぼかよろし」

執拗にニッポンに戻れというワケが判った。オッチャンは英語が嫌いなのだ。

(出典: デイリースポーツ)

親友

AとB はともに40半ばの中年男だが竹馬の友だ。幼少のころ父に反抗して登校拒否児となったBは、クラスの誰ひとり相手にしてくれない落ちこぼれだった。淋しい孤独な日々を送るBを、Aは誰に命ぜられたわけでもないが、毎日放課後になると家に訪ねた。将棋の相手をしながら、学校であったあれこれを話してやり、Bを慰め励ました。そんな二人だったが、進学と同時に別々の途を歩みはじめ、連絡が途絶えたまま歳月が過ぎていった。医師をめざして医学部に進んだAは、長じて総合病院のオーナーになった。

そして30数年を隔てたある日突然、Bが老いて病んだ父を伴いAの病院を訪れた。幼い日にはあれほど忌み嫌った父を、今はこよなくいたわるBの姿をみて、Aは一体何がBをここまで変えたのかと訝るばかりだった。

「ボクはいま自閉症に悩むひとを助ける仕事をしてるねん。こんな仕事ができるようになったのは、A君、キミのお蔭や。毎日家へ来て、しょぼくれてたボクを励ましてくれたやろ。あのときキミが居てくれなかったら、ボクは今こうして生きてキミと会えなかったかもしれん。感謝してるで。ありがとう」

Bの父はまもなくAの病院で亡くなった。

「キミに渡すものがあるねん」といって、BはAにセピア色に変色した大判の写真を差し出した。そこには将棋を指している少年の日の二人が写っていた。

「親父の持ち物を整理していてこれを見つけたとき、ボクの心のなかで永年凍結してた氷が音をたてて砕けた。冷たい親父やと思うて憎んでたが、キミとボクの友情のしるしをこんなに大事に保存して残して呉れたんや。そやから、これはボクの一番大事な友達のキミに受け取って欲しいねん」

ここで言葉が途切れたAは「この話するたびに、なんや知らんけど泣けてしもて。すみません」と声を詰まらせる。聴いていてあふれる涙が止まらなかった。

(出典: デイリースポーツ)

「肩すかし」は禁じ手か?

「ええ勝負でしたな。久しぶりに熱狂しましたわ」先々週からホノルルに居続けしている大阪のオッチャンは、衛星中継の大相撲大阪場所千秋楽の横綱朝青龍と大関白鳳の優勝決定戦を見て感激する。朝白ともに12勝2敗で迎えた千秋楽。白鳳が勝って13勝したあとの結びの一番は朝青龍と千代大海だ。横綱が優勝の可能性を残すためには、この一番をどうしても勝たねばならぬ。横綱は猪突猛進してきた千代大海の左にとんで送り出した。「ワテも、この手が一番無難やと思うてましたんや。やっぱり横綱は賢いでんな」想い当たったオッチャンは大満悦だ。

朝白ともに13勝2敗同士。優勝を賭けての決定戦を迎えて、場内は興奮の坩堝と化した。準備のできた朝白は再び土俵にあがる。制限時間いっぱいとなった土俵を、場内一同固唾を呑んで見守る中、二人はぱっと立ち上がった。すかさず白鳳は左にとぶ。目の前から相手が消えた朝青龍は、たまらず左手を土俵についてしまった。この間約0.5秒。座布団の舞う土俵上で、テレビ画面いっぱいに苦笑いする朝青龍の表情が印象的だった。

実況のアナウンサーに「優勝を決める大一番ですからぶつかり合う相撲を期待していました」と水を向けられた解説者は「もう少し違った相撲をとって欲しかったですね」と同調する。それにつられたかのように、ため息ともブーイングともつかぬ声が場内に充満する。

「黙って聴いてると、まるで白鳳がインチキをして勝ったようなコメントを言うてますな。禁じ手でもない立派な決まり手に相撲のプロの解説者がケチをつけて、どないしますねん」オッチャンが憤る。「プロレスなら決まり技が見世物ですが、あれは八百長でっせ。真剣勝負の大相撲で相手の意表を衝いて勝った白鳳は、いうてみれば、頭脳の勝利でんがな。白鳳関、立派な優勝です。おめでとう」

(出典: デイリースポーツ)