黄昏世代の高級スポーツカー

近くに住む知り合いの白人女性Jが仮ナンバーをつけたおろしたての高級スポーツカーに乗って訪れた。ドイツ製ツーシーターの値段は千5百万円だそうだ。「すごいクルマだね。買ったの?」「そう。学生時代からの憧れの夢のクルマをついにマイカーにしたの」だと。

Jがフォクシーな熟年女性だった頃なら、スポーツカーが似合っただろう。ところが今は、赤毛は半分白髪まじり、たるんだ目はしょぼしょぼ、頬はたれ下がりしみとそばかすだらけ、首筋は十重二十重の皺また皺、どこから見ても典型的高年女性だ。超のつく高級スポーツカーとは残念ながらミスマッチだ。最近亭主のGが糖尿病の肝腎不全症で亡くなり家が何軒も買えるほどの財産をJに残した。アメリカでは残された配偶者が全財産を相続する。何十億円であろうと相続税は1セントもかからない。Jの先行き短い人生では数十億円はオンナひとりでは遣いきれない。幼い頃からの夢をあれもこれも総てかなえて尚お釣りがくる。

その気になって身辺を見回すと、よく似たストーリーはそこここにある。ホノルル市内で超セレブ高級スポーツカーを転がしているのは、オトコもオンナもほとんどが黄昏世代のドライバーばかり。黄昏世代が何ゆえに高級スポーツカーを好む?疑問の真相をJが解き明かしてくれた。

「Gとわたしは大変な苦労をしたの。十分すぎるおカネを持って引退したけど、貧乏時代の節約習慣が抜けなかった。Gが逝ったあと、おカネをつかって一緒に楽しめばよかったと気づいたわ。二人の夢だった地中海クルーズやカナダの山荘購入も、決断さえすれば出来たのに。悔やんでもあとの祭りね。いまの医学はひとの死期を予測できないの?」「答えはノーです」「それが出来れば1セントも残さず逝けるのにね」とJは悔やむ。逝く前にスポーツカーでも、というのが真相のようだ。

(出典: デイリースポーツ)

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