欺瞞王国ニッポン

貿易風が肌に冷たい快晴のホノルルを経って梅雨のニッポンへと向かう。夏をニッポンで過ごすのは実に21年ぶりのことである。空港送迎リムジンのドライバーは「何でまた暑いニッポンへ?夏冬はハワイに居たほうが過ごし易いでしょうに」と言ってくれる。思いついたが吉日だ。あとには戻れない。

機内で配る各社の朝刊に目を通す。見出しに踊るのは偽装牛ミンチ事件、駅前英会話教室の契約不履行事件、介護サービス会社の介護者人数ごまかし事件、自衛隊のイージス艦機機密漏えい事件、年金記録不正記載事件などなど。よくもこれだけそろったものだ。いずれも契約者との約束を破り信を裏切るという共通点をもつ。アメリカに移住した20年前以前のニッポンは官庁が国民の信を裏切ることは絶対にありえない国だった。官は常に高潔で倫理を守り、それゆえに規範の要とされた。国民は老後の命綱となる年金を官に絶大な信を置いて任せてきた。ところが或る日ドアを開けてみたら壁の裏ではデタラメが行われていたというのだから、これほどひどい裏切り行為はない。つい先年年金未納で大臣や政党の要職を辞めた人たちは今どんな気持ちだろう。今回の年金問題ではまだ逮捕者が出たとは聞いていない。これが米国だったら責任者は刑事訴訟されて厳罰を受ける。

介護サービスが職員の数をごまかし国の補助を騙し取るのは税金の詐取だ。米国だと責任者は20年を越える懲役だ。ミンチ偽装も英会話教室の契約不履行も立派な詐欺罪が成立する。当事者は懲役刑をもって厳罰される。軍事機密漏えいは国家反逆罪に問われ場合によっては極刑である。

米国は素晴らしい国だが同時に悪の華咲く温床を持つ。放置すれば早晩国家は自壊する。秩序の維持には厳罰で臨むしかない。ニッポンも悪い奴らに厳罰主義で臨まねば自滅崩壊を招くのでは?

(出典: デイリースポーツ)

狂乱の国民年金

8年前、何十年間も年金を納め続けた家人が年金受領の年齢に達したので、手続きに社会保険庁に出向いたところ数年間の未納期間があると一方的に宣告された。「そんなことはない。毎年きちんと収めてきた。記録を見直してくれ」と抗議しても「証拠になるレシートをみせろ」の一点張り。10年以上も前のレシートがある筈もなく受領額を大幅に減額され無念の涙を呑んだ。以来この役所の機能に疑惑を抱いてきたが、最近その無能ぶりが明るみに晒され国家的大問題を招いている。単純な事務手続きがなぜ「納めた」「納めない」の水掛論を呼ぶのか。テレビに出演した専門家によると、結婚や離婚で姓が変わる、居住地や就業地が変わる、氏名の読みかたを違えてインプットするなどがその理由だという。これらを事前に予知できなかったのは無能の証拠である。

アメリカでは出生時に取得した納税者番号が生涯個人のIDになる。長じて所得税を納める場合には、同時に国民年金の掛け金として社会保障税を納入する。掛け金納入には納税者番号を社会保障番号と呼び替えてIDに用いる。社保番号は氏名、住所、職場の変更や結婚離婚を繰り返したとしても、永久不変唯一の個人識別IDである。銀行口座開設、運転免許証取得、パスポート取得のIDには社保番号が不可欠だ。ニッポンでも氏名のかわりに社保番号のような唯一不変の個人IDが存在していたら、今回社会保険庁が招いた無秩序大混乱は防止できたことだろう。

社保番号にかわる国民総背番号は過去に何度も議案として浮上したが、その都度全政党の反対により消滅した。背番号制は徴兵制度に繋がると反対した政党もあった。5千万人の年金納入の証拠を照合する作業には対象各人のID設定が必須だ。国民総背番号制を緊急導入し、それに拠って照合作業を実施するのが順序ではないのか。

(出典: デイリースポーツ)

アイオワのエタノールブーム

アイオワ州の地表は女性の裸体を連想させるたおやかな曲線の丘に覆われている。その昔チェロキーやアパッチとよばれた原住民は、この地を彼らの言葉でアイオワ(美しい土地)と名づけた。アイオワが“美しい土地”であるのにはワケがあるのだ。

氷河期時代南下する氷河はミネソタ州の表土をえぐり無数の湖を残したが、アイオワとの州境で動きを停めた。ミシシッピー川をはさんで東に位置するイリノイ州では氷河は更に南下しそのあとに凹凸のない真平らな大地を残した。なぜか氷河の牙を免れたアイオワ州では、地表を覆う分厚い肥沃な地層がたおやかな曲線を描きながら無傷で残ったというワケだ。だからアイオワの農地に肥料は要らない。大地に種を蒔けば作物はすくすく育ち豊かな収穫をもたらす。まさに“美しい土地”である。

アメリカ人は1年間に6千万頭分の牛肉を食べる。アイオワ州の農地は牛6千万頭の飼料を生産する余力があるが、飼料相場の値崩れを防ぐため永年半反政策が採られてきた。最近石油価格の高騰によりトウモロコシから抽出したエタノールが代用燃料としてペイすると判って様相は一変した。

アイオワの農地は1エーカー(4千平米)が千ドル(12万円)。1平米が30円だ。タダみたいな土地に種さえ蒔けばトウモロコシは無限に収穫できる。それが高値で売れるのだから農家の主にしてみればまさに千載一遇のチャンス到来だ。洪水のごとき投資マネーの流入によってアイオワシティにはガラスとスチールのマンションやホテルが林立し、以前の瀟洒な田園都市の香りは消失した。大地主の元秘書が所有する地所にはカジノつきのホテルが建ち、プチラスベガスとして活気を呈しているという。自然破壊も心配だが一番の気がかりは人心破壊だ。元“美しい土地”の住人としては、この狂気の沙汰が早く過ぎ去るのを祈るのみ。

(出典: デイリースポーツ)