(続)人生の経費

「夕べ家内からマジで別れ話を持ち掛けられました。思い当たる節はありません。センセ、どうしましょう?」

Aは50代の後半、鬼の営業部長といわれてきた仕事人間だ。Aの奥さんは数えきれないほどの転勤引越しの総てを仕切り、その合間をみて二人の子どもの出産、育児、家事一切を黙って切り盛りしてきた女性だ。良妻の鑑のようなワイフの口から突然別れると言われて、Aは心臓が口から飛び出すほど驚いた。

「熟年主婦が亭主に突きつける別れ話の殆どは、他のオトコにちょっとのぼせただけの不倫ごときが原因ではないのです。亭主の唯我独尊の生き方や一人よがりの価値観に愛想が尽き果てたというのが真実です。我慢も今日まで、明日からは一人でのびのび生きたいというのが奥方の本音ですな。Aさん、この線で思い当たる節はありませんか?」「?」

「奥さんとの結婚記念日が何月何日か覚えていますか?」「もう昔のことだから忘れてしまいました」「奥様の誕生日にプレゼントを贈ったことは?」「近頃はありません」「Aさんは得意先の奥方たちの誕生日を全部ご存知だそうですね」「仕事の一部ですからメモなしでもソラで言えます」「誕生日が来るとそれぞれの奥方の好みの品物を自分で選んで届けられると聞きました」「勿論です。経費は営業部で予算化しております」「仕事なら他人の奥方の誕生日をソラで暗記、費用も予算化し、品物はAさんご自身が選ぶとおっしゃる。同じことをご自分の奥様にして差し上げていたら、別れ話が出ることはなかったでしょう」「仕事と家内は別です」「得意先へのサービスのためなら時間も労力も莫大な経費も平気で使うでしょ。同様に各人の人生にも経費が要ると思ってください。今夜にでも素敵なプレゼントを奥様に贈ったらいかが?まだ間に合いますよ」

(出典: デイリースポーツ)

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