運転免許更新には背番号

アイオワから移り住んですぐ切り替えた6年間有効の運転免許証が次ぎの誕生日で期限切れになる。交通局に問い合わせると更新は誕生日の半年まえから可能で、手続きに予約は要らない。更新を忘れて誕生日を過ぎた場合にはどうなるのかと尋ねてみると、寛大にも3ヶ月以内なら懲罰なし、3ヶ月過ぎて半年以内なら講習、それ以後は本局に出頭して厳重説諭されるがそれでも更新はしてくれるという。

近所にある交通局の出張所をぶらりと訪れると、カウンターの中には普段着を着た中年のオバさんが二人。免許更新なら住所、氏名、生年月日、社会保障番号を記入せよと紙切れを1枚くれた。記入を裏打ちする戸籍抄本や住民票、自宅に送付されたはがきに相当するものは一切不要だ。

コンピュータに向かってデータを打ち込んでいるオバさんに尋ねてみる。「いま入力なさっているデータはわたしが書いた出鱈目かも分かりませんぞ。確証もせずに打ち込んで大丈夫ですか?」「大丈夫よ。住所は本来流動的なものだし、姓は結婚すれば変わるし、名は本人が自由に変えられるのですもの。ホントのこと言うと、データのなかで本人の同定に使うのは社会保障番号だけなのだから」

社会保障番号は米国民の一人ひとりを識別するのに広く使われている。何処に住もうと何度結婚しようと職場を何度かわろうとも、生きている限り個人について回る背番号だ。9桁の社会保障番号をコンピュータに入力するだけで、運転免許証取得にかぎらず就職、納税、住宅の売買、銀行口座開設やローンの設定、クレジットカードの取得、年金の納入や受領などにおいて、確実に本人と同定できる。医療分野でも患者の取り違えや薬剤の重複投与の回避が可能である。ニッポンでこの背番号制度が早くから実施されていたら、いまの年金問題は回避できたと思われる。

(出典: デイリースポーツ 2008年1月31日)

初診料に想う

数週間まえから片方の耳が徐々に聞こえ難くなり会話に不便を感じるようになった。耳かきを入れてみると摩擦音ははっきり聞き取れるから鼓膜から脳に至る回路には障害はない。ただちに耳栓症と自己診断し、掛かりつけのファミリードクターのクリニックを訪れた。耳栓症は外耳道の分泌物が乾燥貯留し巨大な耳垢となり外耳道を塞いで難聴を来たした状態である。クリニックで外耳道を洗浄してもらったら大きな耳垢が流れ出て耳は元通りよく聞こえるようになった。

後日送られてきた請求書には初診料125ドル65セント(1ドル110円として1万3800円)、処置料80.62ドル(8870円)と記されていた。初診料のうちの94ドル84セント(75%)、処置料の63ドル57セント(80%)は、すでに老人医療保険から支払われていた。残額併せて47ドル86セントがわたしの自己負担だ。

ファミリードクターは卒後3年間の家庭医学研修を終了した専門医だ。研修中には内科、外科、小児科など各科一般疾患を学び、お産も40例ほど経験し正常分娩の大半を引き受けているプロの家庭医だ。プロだからこそ15分間の外来予約診療に1万4千円もの初診料を請求する。わたしと同業の小児外科医の初診料はその倍ぐらいだが、アメリカンはプロの外科医なのだから当たり前と納得する。米国の医師はぼったくりだと思うなかれ。医師の技術料は約150兆円の総医療費のわずか12%を占めるに過ぎないのだ。

ニッポンの総医療費は32兆円。初診料は定額2千7百円(25ドル)だ。われわれ米国の医師は初診患者1人を15分かけて丁寧に診察し1時間に4人を診て最低6万円の技術料収入を得る。ニッポンでは同じ条件だと1万余円にしかならない。医師の3分間診療を誹るまえに、定額25ドルの初診料は医師のプロ意識をひどく冒涜するものとは思わないか?

(出典: デイリースポーツ 2008年1月24日)

古希のパワー

暮れから正月にかけてはハワイまでの航空券もホテルも日ごろの数倍に跳ね上がる。それをものともせずホノルルを訪れるのは、タレント、プロスポーツ選手その他のセレブたち。ホノルルの街が一段と華やぐ季節だ。

我が家でも暮れのホノルルマラソンからビジターの絶え間なし。訪れ来た人たちは古希前後のほぼ同年輩、プロ野球名球会に名を連ねる往年のスーパースター、ラジオの深夜放送で一世を風靡した名パーソナリティ、ビジネス界の大御所などバラエティーに富むセレブたち。ひと際華やかな人たちがそろってニッポンに帰ったいま、絶海の孤島に一人取り残されたロビンソンクルーソーの気持ちに浸っている。

齢70ともなると、だれでも明け方4時過ぎには自然に目が覚める。それを「ワシは若い頃から毎朝4時起きして朝飯まえに一仕事済ませてきた。その習慣のせいでハワイにきても早く目が覚める」と言い繕う。ディナーの席で翌朝のゴルフのティータイムを伝えると「ワシは酔うと忘れるからメモしとくわ」と照れながら紙ナプキンにメモをとる。隣に座ったカミさんに「シラフでも忘れるくせにカッコつけんでよろし」と真相を暴露されるが素知らぬ顔。すべて我田引水、自画自賛で納得する。それを許されるのが古希の特権というものだ。

70過ぎたオジンやオバンにしてはみんな若いしパワーがある。よく飲みよくしゃべり人一倍よく食べる。若さと活力維持の秘訣はエネルギー補給にありと見た。

とりわけ華やかなR子さんは70過ぎだが15歳サバを読んでもまだ足りないほどの若さと美貌の持ち主。ゴルフでは男性とおなじティーから打ってハーフを40前後であがる実力者だ。クラブチャンピョンを取ったのもむべなるかな。そのR子さんにサシで勝負した4ラウンドを3対1で負けた。今のオンナは強い。敗因は勝負に掛ける執念不足と、女性を思いやる優しさだ。次回は心を鬼にして必ず勝つ。

(出典: デイリースポーツ 2008年1月17日)

フィブリノーゲン

「ビールスに汚染した血液製剤が原因で肝炎や肝臓ガンになった気の毒な人が何百人もいてはるそうですな。製剤を許可したのは国の責任や言うて福田総理が肝炎の被害者に謝罪しはるのをテレビでみました。えらい深刻な問題でんな」
大阪のオッチャンが眉間に皴を寄せる。

「センセ、フィブリノーゲンいうのは一体何ですねん?」
「血液の中に含まれている蛋白質の一種で止血に重要な働きをします。血管が切れて出血すると血液凝固機構という複雑な過程のなかで血液中のフィブリノーゲンがフィブリンという糊状の物質に変化し、これが破れた血管に栓をして出血を止めるのです」

「髭を剃るときうっかり皮膚を切ると血がなかなか止まらんのですが、これはフィブリノーゲンが足らんからでっしゃろか?」
「オッチャンのように健康な人ですと、フィブリノーゲンは体内で持続的に生産されるので不足することはありません」
「フィブリノーゲンが不足するのはどんなときですねん?」
「飢餓状態が長く続いて栄養失調になったときや、大出血に対する大量輸血で全身の血液が入れ替わったときなどです。そんなときにはフィブリノーゲンの補給が必要です。でもいまの医療ではこんな状況に遭遇することは少なくなりました」

「今までに何万人という患者がフィブリノーゲン治療を受けたそうでっせ」
「ニッポンの医療現場ではそれほど難しい手術や難産で大出血した人が多かったのでしょう」
「医療のプロのお医者はんがテレビに出てこの問題の説明をするのを見まへんが、アメリカのお医者はんも同じでっか?」
「米国でもしこうした問題が起きると、医師会がその役割を果たします。米国医師会は政府から委任されて医療全体に責任を持つ団体ですから、担当部門の代表が必要に応じて適応の検証や再発防止策を提示します」
「ニッポンでもそうして欲しいもんでんな」

(出典: デイリースポーツ 2008年1月10日)