フィブリノーゲン

「ビールスに汚染した血液製剤が原因で肝炎や肝臓ガンになった気の毒な人が何百人もいてはるそうですな。製剤を許可したのは国の責任や言うて福田総理が肝炎の被害者に謝罪しはるのをテレビでみました。えらい深刻な問題でんな」
大阪のオッチャンが眉間に皴を寄せる。

「センセ、フィブリノーゲンいうのは一体何ですねん?」
「血液の中に含まれている蛋白質の一種で止血に重要な働きをします。血管が切れて出血すると血液凝固機構という複雑な過程のなかで血液中のフィブリノーゲンがフィブリンという糊状の物質に変化し、これが破れた血管に栓をして出血を止めるのです」

「髭を剃るときうっかり皮膚を切ると血がなかなか止まらんのですが、これはフィブリノーゲンが足らんからでっしゃろか?」
「オッチャンのように健康な人ですと、フィブリノーゲンは体内で持続的に生産されるので不足することはありません」
「フィブリノーゲンが不足するのはどんなときですねん?」
「飢餓状態が長く続いて栄養失調になったときや、大出血に対する大量輸血で全身の血液が入れ替わったときなどです。そんなときにはフィブリノーゲンの補給が必要です。でもいまの医療ではこんな状況に遭遇することは少なくなりました」

「今までに何万人という患者がフィブリノーゲン治療を受けたそうでっせ」
「ニッポンの医療現場ではそれほど難しい手術や難産で大出血した人が多かったのでしょう」
「医療のプロのお医者はんがテレビに出てこの問題の説明をするのを見まへんが、アメリカのお医者はんも同じでっか?」
「米国でもしこうした問題が起きると、医師会がその役割を果たします。米国医師会は政府から委任されて医療全体に責任を持つ団体ですから、担当部門の代表が必要に応じて適応の検証や再発防止策を提示します」
「ニッポンでもそうして欲しいもんでんな」

(出典: デイリースポーツ 2008年1月10日)

2 thoughts on “フィブリノーゲン

  1. 木村先生こんにちは
    薬害肝炎で特別委員会が開かれたかどうか分かりませんが、医学的な面で政策は逆行しているようです。保険診療を審議する中医協の委員構成は、約30名の委員のうち医師が5名。H19年に公益委員を増やし民意を反映する改正がされました。5名のうち医師会が3名。医師会の勢力が強いというのはこのことでしょうか。役職やネットで調べられる経歴では、製薬会社などの企業代表と、その他企業のOBが多数です。公益側の委員には社会・経済系の学識経験者が目立ちます。アメリカとは違うのでしょうか?。

  2. 木村です。
    米国医療の基本は混合診療です。
    したがって支払い側の老人医療保険(medicareと呼ぶ政府管轄の65歳以上の老人医療費支払い団体:現在医療費支払いの約半分はこのファンドから支出されている)および私的健康保険会社は、それぞれの医療請求額に対する支払い比率あるいは限度額を設定し、請求額との差額は本人払い、あるいはこれをカバーする補助保険から支払うという方式です。本人あるいは補助保険に支払い能力のない場合は、医療サービスの提供サイドが譲歩して、請求取り消しをするしかありません。わたしの勤めた大学病院では、医師、病院ともに総請求額の20パーセントは回収不能でした。以前の50パーセント近い回収不能比率と比べると、だいぶ改善されましたが。
    米国の医療は医-院分業です。
    医療費の医師への支払いと、クリニックまたは病院への支払いは別々に請求されます。
    たとえば虫垂切除を受けると、手術料の約3,000ドル、麻酔料の1,500ドルは技術料としてドクターから、手術室の使用料、入院室料、薬剤料などは病院から別々の請求書が送られてきます。医ー院ともに、請求額は自分できめられますが、法外な請求をしても収入は相手の支払い能力次第です。この方式ですと、ウデがよくて有名で流行るドクターは、少数の患者を治療するだけで高額の収入を、若くて馬力のあるドクターは単価は安くても数で高収入を得るというインセンティブがあります。
    今回のコラムに「フィブリノーゲン」を取り上げた理由は、フィブリノーゲン投与の適応が十分検討されたうえで、選択されたかどうか疑問におもったからです。
    薬剤としてのフイブリノーゲンは、1970年代に米国の診療現場から姿を消しました。
    米国の大学病院での15年間の外科診療で、この薬剤を必要とする状況に遭遇した記憶がありません。
    腫瘍血液学科の専門家にたずねてみると、血液凝固機構の面から考えて適応のある患者さんは殆どいないという返答をもらいました。
    報告によりますと20万人以上に使われたそうですが、適応があったのかどうかの検討をしないと、おなじ道をたどることになるのではないかと考え、問題提起をしてみました。

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