ホノルル三題

2ヶ月ぶりにホノルル空港に降り立つ。肌に爽やかな潮風、青い空、白い雲はやっぱりハワイだ。我が家に着くや水道の蛇口から流れるホノルルウォーターで水割りを飲む。旨い。ホノルルの水道水は汲み上げた地下水そのままだ。世界一の味はケミカルを加えて処理した大阪や東京の水とは比較にならぬ。人口100万のホノルル市民を養う水の源泉をたどるとコオラウ山脈に降る年間降雨量12メートルの雨水だ。この大量の水が地下に浸み込み100万市民のいのちを支えてくれている。

ここ数年ハワイもサブプライムローンの影響をうけて住宅建設ブームに沸いた。ゴルフコース沿いの1億円を超える一戸建ては建設開始前に完売したという。部屋数こそ10室以上あるが隣家との間隔は5メートルに足らぬ安普請だ。今転売したらオーナーの損は幾らになるのだろう。ブームの最中、電気や水道工事の資格を持つ職人は工期を迫られた元請の高給に魅せられ、一般家庭の修理依頼など相手にしなかった。ある日水道屋に洗面所のカラン交換を頼んだところ、2時間ほどの仕事に工賃8万円を請求され目をむいた。ブームが下火となった今「よろず修理仕事、廉価で引き受けます」という職人の新聞広告が目立つ。奢れるもの久しからず。悔ゆるに遅しだ。

リビングルームのマイチェアで、水割りのグラス片手に衛星中継の千秋楽を観る。優勝をかけた横綱同士の対決に圧勝した朝青龍の笑顔が爽やかだ。賜杯の授受で眼と眼を交わさぬ理事長と横綱は不自然だった。角界もメディアも永年一人横綱で相撲人気を支えた朝青龍を、横綱白鳳が出現したとたん、水に落ちた犬を叩くごとく誹りまくった。これは恩を仇でかえす愚行である。

筆者の体験からすると、異国の地で要職に就いたあとになって、わが国の伝統が習慣がといわれても困るのだ。実力では負け知らずであっても異文化の価値観を持ち出されると勝てない。だから、朝青龍の心中、手にとるようによく判る。

(出典: デイリースポーツ 2008年3月27日)

『レモン』

春の訪れとともに、スーパーの店頭に色鮮やかな果物が並ぶ。積み上げたレモンを見ていると、35年前留学生として初めての米国で中古車を買ったときの記憶が戻る。
「中古車を買うときには『レモン』に気をつけろよ」と友人が忠告してくれた『レモン』は、外観色鮮やかだが中身はガタガタのポンコツ車の俗称だ。それにちなんで偽装商品を総称し『レモン』と呼ぶようになった。

米国で『レモン』商法が盛んだった当時650ドルで買った中古シボレーは、間もなくトランスミッションが壊れて修理に多額の費用がかかった。その後多業界に及ぶ消費者保護法が生まれて中古車業界から『レモン』を一掃した。いま中古車の売買には、あらゆる車種の年式と走行距離から算出した標準価格の載ったブルーブックが用いられる。下取り価格も販売価格も、クルマの程度によりって基準価格の上下10%の範囲内で取引される。だから一般消費者も安心だ。最近は中古車にも3ヶ月程度の限定保証をつける業者も増えてきた。

ニッポンでは新車登録をするだけでクルマの価値が5割近く下がると風聞する。カネのかかかる登録や車検制度というもののない米国では、市場価値は年毎に10%づつ直線的に減少する。

Y氏は留学生のI君から新車から1年経ったクルマを、10%減の値段で買った。Y氏が帰国する半年後になったがクルマに買い手がつかない。思い余ったY氏は愛車をディーラーに持ち込んだ。ディーラーから幾らで売りたいかと尋ねられ、Y氏が新車の20%減の値段を提示すると「それは2年モノの価格です。まだ1年半だからその値段に2%上乗せしましょう」
感動したY氏、「アメリカでは騙しが多いと聞いていましたが、誠実な業者もいるんですなぁ」

それもこれも強力な消費者保護法のお蔭。欺瞞商法がまかり通る今のニッポンに必要なのはこれだ。

(出典: デイリースポーツ 2008年3月20日)

ドバイ珍談

「センセ、先週ドバイに行ってエライ目に遭いました」T女史のハナシが面白い。
「何故にドバイなんぞへ?」
「億万長者と結婚したタレントが行くところですから、オンナを魅せるナニかがあると思うのは当たり前でしょ」
「エライ目というのは?」

「関空からの直行便が降りたドバイは砂漠の中のマンハッタンのようでした。作家ご夫妻を含む一行8名はホテルに着いてほっとしました。ほっとすると一杯やりたくなるのは人の常。ラウンジに集合しビール、ワイン、スコッチウイスキーなどそれぞれ好きなものを注文しました。飲んだビールが長旅と緊張で疲れたからだに染み渡っていく快感はなんとも心地よかったです」
「冷たいビールは砂漠の空気に合いますからね」

「さて部屋に引き揚げるかという段になってチェックを貰うとニッポン円で7万2千円ほどでした。2、3杯飲んだだけで一人9千円はエライ高いなといいながら幹事格の人が皆から現地の通貨でお金を集めかけると、店の人がそれは違う、7万2千円は一人分やいいますねん。なんでそうなるんや、なんぼドバイでもこれは暴力バー並やないのと食い下がると、缶ビールが900円、ワインが1本10万円、スコッチは20万円やいいますねん。びっくりしましたがな、もう」

「それはエライ目に遭いましたね。だいぶ前に中東某国に手術しに行った折に聞いたハナシだと、イスラム各国では酒類の持ち込みも飲酒もともに犯罪で、これを犯すと百叩きの刑を受けるそうです。ところが中東にもウラ世界があって、超法規的特権を持つ有力者が仕切っているシンジケートの息の掛かったラウンジなどではご法度の酒を出すのです。Tさんが飲まれたビールやワインは、こうした闇のルートを経由する間に何十倍もの値段に跳ね上がったのですな。ま、百叩きの刑の代わりに高い罰金を払ったと思って、あきらめて下さい」

(出典: デイリースポーツ 2008年3月13日)

身体に合わぬシャツ

今年の2月、21年ぶりに過ごした日本の冬は記憶に残る三寒四温の法則を無視した異常な寒さだった。常夏ハワイに慣れたからだは小雪の舞う大阪の冬に順応しない。からだの熱産生不足分を厚着で補うため量販店に長袖シャツを買いに出かけた。コージュロイのLサイズ長袖シャツはからだにフィットして快適だったが、一度洗濯したらSサイズに縮んでしまった。

それならXLサイズを買って水に通せばLサイズに縮むだろうと考え、再度出向いた量販店で色違いの3着を買った。ところがこの代物、期待に反し洗濯してもXLサイズのままで小さくならない。「レシートは残してあるから、まだ袖を通していない2着を返品すれば引き取ってくれるかな?」家内に尋ねると「だめよ。ここはアメリカじゃないもの」とにべもない。

以前コウベのブティックで求めた高価なドレスを翌日色違いと交換交渉に出かけたわが家内は、それを拒絶する店主との水掛け論に打ち勝ち見事返品に成功した。そのときの不快な体験以来、ニッポンの小売業界を冷ややかな眼差しで見るようになった。

「返品も交換もしてくれないとなると、このシャツどうすればいい?まだ新しいのにこんなにブカブカでは着られないよ」「箪笥の肥やしにするか、サイズの合う人に進呈するかだわね」「モッタイナイ、資源の無駄だ。それに我が家の家計は丸損だよ」
 
アメリカには、店頭通信など販売方法の別なく、売った商品が1ヶ月以内にレシートをつけて返品された場合、業者に返品または交換に無条件に応じるよう厳しく命じた消費者保護法がある。この法律は業者の売り逃げから消費者を護る目的で立法化された。返品や交換は総売上げの2%程度だから、消費者の購買欲を増すための安心料だと思えば安いものだ。ニッポンでも立法化されると消費者保護に加えて資源の節約になるが、その実現は正義が律する社会でなければ困難だろう。

(出典: デイリースポーツ 2008年3月6日)