『ソー、ホワット!』

深まりゆく秋の宵、久しぶりに大阪のオッチャンと一杯やった。話題は阪神の惨敗理由から総理の行状に及んだ。
「『総理が毎晩高級ホテルのバーで取り巻きと一緒に高価な酒を飲んでいるのは庶民感覚から掛け離れている』と女性の新聞記者に詰め寄られ、麻生はんもキレはったそうでんな」
「そのようですね」
「センセも高級ホテルの会員制バーみたいなところで飲みますのやろ?」
「ええ。ホテルのバーは人と会って大事なハナシをするときには、静かでプライバシーが保てる点で最適です」
「高いんでっしゃろな?」
「キタのクラブなどと比べると安いものです」
「ホンマでっか?一杯なんぼ?」
「普通の飲み物なら一杯2千円でお釣りがきます」
「そんなもんでっか。それやったら女性記者が総理に詰め寄るほどのことやおまへんな。これには何かウラに別ワケがおますな」
オッチャンは思案する。
「大富豪の家に生まれた人の暮らしは普通の人と違っていて当然です。だがこの国を強く支配している『平等至上主義』はそれを否定するのです。他人の豊かさを妬むのは本来さもしいことなのですが、悲いかな、それが人の性(さが)なのです」
「そうでんな」
「もし仮に総理がその女性記者の意見を容れて大衆居酒屋に行かれたら、世界経済はもっと落ち込むでしょう」
「ニッポンでは総理が居酒屋に行きよる。経済が危ないのと違うかというて株は下がりますな」
「番記者は特別許可をもらって総理に密着しているのですから、取材範囲を日本国リーダーとしての総理に限定すべきです」
「センセ、これがアメリカやったらどういう展開になりますやろ?」「大統領は分をわきまえぬ記者に『ソー、ホワット!』と言って相手にしないでしょう」
「どういう意味ですねん?」
「『それがどうした!』という意味です。そのあとに『どうでもいいことじゃないか』という隠れ言葉が潜んでいます」

(出典: デイリースポーツ 2008年10月30日)

園児の芋畑と高速道路工事

作業服を着た男たちの集団と普段着の男女や子どもが柵をはさんでにらみ合う情景がテレビ画面に映る。「ただいまから行政代執行を行います」と宣言しフェンスを取り外す作業に入る。「なにをすんねん。こどもが植えた芋畑やぞ」と叫ぶ声を浴びながら集団は黙々と芋づるを引き抜く。背景には建設がそこまで迫った高速道路の支柱群。やがて修羅場は収まり接収は粛々と執り行われた。

道路建設は5年前に決定し用地接収と工事が進められてきた。今回執行の対象となった土地には幼稚園児らが芋を植えた畑があった。こどもが楽しみにしている「芋ほり」まで2週間の猶予を求める園長と待てないという行政最高責任者の知事。両者の言い分を比べたテレビ視聴者の大方は「2週間ぐらい待てるやろ。子どもらの楽しみを踏みにじる行政に情けというものはないのか」という意見に組するものと想像する。

これはニッポン独特の価値観だ。アメリカでは行政を市民総意の代行者と見做す。行政の事業計画には公聴会の時点で市民なら誰でも反論する機会があたえられている。だが一旦決まった決定事項には絶対服従というのが民主主義社会の掟だ。逆らう者はパブリックエネミー(市民の敵)として重い報復をうける。

今度の行政代執行は園児たちに社会の掟の大切さを教える絶好の機会だった、とアメリカンの心は思う。「キミたちが植えた芋も大事だ。だが道路建設はみんなの暮らしをよくするためにもっと大事なのだ。辛いだろうがじっとガマンして、みんなのために道路工事を進めてもらおう」と言って聞かせるのがオトナというものだろう。

不都合はすべて他人のせいという自己中心主義を吹き込まれて育った人たちがいま成人し、こどもの給食費を払わない親や病院のスタッフに理不尽な要求をつきつける患者になって、善良な市民に迷惑を掛けている。それを黙認するニッポン社会は不気味だ。

(出典: デイリースポーツ 2008年10月23日)

世界恐慌?

この1週間、世界各地の株式市場は急速な値下がりにより人々を恐怖のどん底に押しやった。

10年前ニッポンのバブル崩壊で数千円台に落ち込んだ東証平均株価も景気の回復とともに、にじりよるように上昇し1万数千円に達していた。ところが、サブプライムローンによるアメリカのバブル崩壊によってわずか1週間で8千円台にまで急落した。ニューヨークの株価暴落はたちまちヨーロッパ各地に飛び火し、時を待たずしてニッポンにも及んできた。

引退外科医にとっては退職年金の運用益が家計を預かる収入源だ。株価の今度のような大幅下落はそれこそ生活にかかわる一大事と言っても大げさでない。

早速、資産運用管理専門家で永年の友人のジョンに連絡をとってみる。「なにも怖れることはないよ。株価の下落は底値をついたら自然に止まり、再び上がり始める」と楽天的。「下がりすぎて倒産することは?」「会社によってはあるだろう」「それを心配して連絡したのだよ」「大丈夫。投資信託のいいところは何百もの業種に分散投資しているところだ。万が一、カバーする業種の総てが破産したらそのとき世界は崩壊する。現実にはありえない」ホントウかな?

「株の上下はコンピュータのはじきだす数字の変動だけ。売買しなければ損得の実感のない虚業の世界さ。投資で大事なのは時間と忍耐だよ」と超楽天的なコメント。過去20年間付き合ってきたが、口惜しいかなジョンの宣託は外れたことがない。ありがたいご宣託に素直に従い様子見と決めたところだ。

「メディアの報道にあおられ、あわてて持ち株を売って破産した投資家をゴマンと見てきた。くれぐれも風評に惑わされて愚かな行動をしないように」と念を押されて会話は終わった。ここ一番はジョンの言うとおり忍の一字でしのぎ通せば、大怪我せずに乗り切れるだろう。

(出典: デイリースポーツ 2008年10月16日)

隠れ宿

今、九州で一番の温泉街にある宿でこの稿を書いている。頂上に遊園地のある山の麓の敷地を流れる谷川をはさんで、各部屋一戸建て10室ほどの静かなたたずまいがその隠れ宿だ。2年前講演旅行の帰途、地元の病院長に薦められ半信半疑で泊まって病みつきになった。以来ニッポンに来るたび訪れるようになり今までに5、6回世話になった。

ペギー葉山によく似たおかみに「お帰りなさい」とチャーミングな笑顔で迎えられると、我が家に戻ったような気分になる。泊まるのはいつも同じ部屋。世話をしてくれる係りはいつものJさんだ。予約と同時に黙っていても、その手配をしてくれる気配りが嬉しい。関サバ、関アジ、城下カレイ、フグなど四季折々の活きのいい海の幸を板場の親方がウデをふるって食膳に上げてくれる。食事のメニューはその日に揚った魚次第というのもいい。

誰も居ない露天風呂を独りで占領し手足を思い切り伸ばす。裏山に吹き出る70度の源泉は江戸時代から何百年間も流れっぱなし。よくも尽きないものだとあきれてしまう。見上げるといつもなら杉の巨木から張り出した枝の葉陰に星が見える。今夜は生憎台風が運んできた雨。枝を伝った雨露の雫が見上げる額にぽつんと当たる。それも風情があっていい。

「センセはお仕事でいろんな宿にお泊りでしょ。宿のもてなしで一番大事なことは何でしょう?」コーヒーを淹れながらおかみが尋ねてくれる。「出会いの挨拶と朝飯だね。以前泊まって気に入ったからまた来たというリピーターは、誰もが一見客扱いを嫌う。おかみから『前にもお越しいただきましたね』という言葉を聞くのが嬉しい。それと出発日の朝ごはんの味はいつまでも記憶に残るからね。美味しい朝飯をまた食べたいという気持ちになるでしょ。あれ、いつの間にか営業の講義になってしまったね」こんな会話がまたいい。

(出典: デイリースポーツ 2008年10月9日)

まがいモノ横行のニッポン

秋分の日を境に秋風が吹きこおろぎの声をきく。頃はよしとホテルのレストランに予約をとりウキウキ気分で出かけた。テーブルに座ると間髪おかず「何をお召し上がりですか?」と長身のウエイトレス。その唐突さに一瞬引いたが「まず飲み物を尋ねてよ」と反撃。「失礼しました。それではお飲み物は何になさします?」「うっ!もう1、2分頂戴」マニュアルに間の取り方の記載はないようだ。何にするかの思案も外食の愉みのうちなのだ。

しばらくして「お決まりになりましたでしょうか?」「ボクはニッポン産のシャドネーをグラスで。家内はウーロン茶」「かしこまりました。あの、お召し上がりのお料理はお決まりでしょうか?」「そんなに急かさないで。まず飲み物を持ってきなさい」「かしこまりました」

間もなく戻ってくると「お客様。申し訳ございません。生憎当店では国産のワインはお出しできないことになっております。その代わりフランス、ドイツ、イタリア産の一流銘柄を取り揃えております」なっているのではなくて仕入価格が判るから出さないでしょ。「アメリカのワインはないの?」「生憎本場のヨーロッパ産ばかりでございます」「アメリカを本場から外す理由は何?カリフォルニア1州でフランス全土の生産量をしのぐ世界一のワインの大産地なのに」「???」大方のニッポン人はヨーロッパグッズの盲信的崇拝者だから、ま、仕方ないか。

「ではハウスワインをグラスで」「かしこまりました」本場フランス産の代物はあまりにまずくて飲めなかった。安ワイン一杯に2千円もチャージされて目を剥いた。一流ホテルがこんな商売をしていいの?コメに限らずニッポンではまがいモノで大儲けする悪徳商法が横行している。フランスの安物ワインを恭しく飲まされて、「本場もんや」などと喜んでいる場合ではありませんぞ。

(出典: デイリースポーツ 2008年10月2日)