園児の芋畑と高速道路工事

作業服を着た男たちの集団と普段着の男女や子どもが柵をはさんでにらみ合う情景がテレビ画面に映る。「ただいまから行政代執行を行います」と宣言しフェンスを取り外す作業に入る。「なにをすんねん。こどもが植えた芋畑やぞ」と叫ぶ声を浴びながら集団は黙々と芋づるを引き抜く。背景には建設がそこまで迫った高速道路の支柱群。やがて修羅場は収まり接収は粛々と執り行われた。

道路建設は5年前に決定し用地接収と工事が進められてきた。今回執行の対象となった土地には幼稚園児らが芋を植えた畑があった。こどもが楽しみにしている「芋ほり」まで2週間の猶予を求める園長と待てないという行政最高責任者の知事。両者の言い分を比べたテレビ視聴者の大方は「2週間ぐらい待てるやろ。子どもらの楽しみを踏みにじる行政に情けというものはないのか」という意見に組するものと想像する。

これはニッポン独特の価値観だ。アメリカでは行政を市民総意の代行者と見做す。行政の事業計画には公聴会の時点で市民なら誰でも反論する機会があたえられている。だが一旦決まった決定事項には絶対服従というのが民主主義社会の掟だ。逆らう者はパブリックエネミー(市民の敵)として重い報復をうける。

今度の行政代執行は園児たちに社会の掟の大切さを教える絶好の機会だった、とアメリカンの心は思う。「キミたちが植えた芋も大事だ。だが道路建設はみんなの暮らしをよくするためにもっと大事なのだ。辛いだろうがじっとガマンして、みんなのために道路工事を進めてもらおう」と言って聞かせるのがオトナというものだろう。

不都合はすべて他人のせいという自己中心主義を吹き込まれて育った人たちがいま成人し、こどもの給食費を払わない親や病院のスタッフに理不尽な要求をつきつける患者になって、善良な市民に迷惑を掛けている。それを黙認するニッポン社会は不気味だ。

(出典: デイリースポーツ 2008年10月23日)

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