今年もあとわずか

このコラムもクリスマスに掲載されるこの稿で2008年の最終回を迎える。振り返ると月日の経つのがなんとも速い。毎週4年間書き続けた拙稿も今回で202回目を迎えた。ニアミスこそ数回あったが一度も穴を開けることなくここまで来たのは健康でいた証拠だ。これから先何年続けられるか判らないが折角もらったこのチャンス、生きてる限りは青春だと自分に言い聞かせながら来年もまた想いのままを書いてみたい。

2008年は世界の歴史に残る年になった。明るいニュースは初めての黒人大統領誕生だ。同時に真っ暗なニュースもある。米国経済の不滅の牽引車といわれる自動車産業ビッグスリーの主役GMが事実上破産して政府に巨額の救済を泣きついた。モノを造る実業が怪物金融虚業に振り回されアメリカ経済は墜落するほどの失速を招いた。

アメリカの巨大市場が縮小すると世界の経済は立ち行かなくなる。つい3ヶ月ほど前まで「アメリカの時代は終わった。これからは中国と手を結ぼう」と叫んでいた識者に問うてみたい。「アメリカを無視してニッポンはホントウに生存できるの?防衛は誰がどうするの?」と。願望を現実とすり替える論を吐いてはいけない。

米国連邦銀行は景気浮揚のため公定歩合をゼロにした。資本はまだダメージが少ない日本にどっと集まり円が買われて1ドル90円以下になった。その結果ひと月も経たぬ間に自動車、家電、カメラなどアメリカ向けの輸出産業はすべてがダウン。生産縮小で不要となった派遣労働者が解雇され若年ホームレスが増えている。

来年には状況はもっと深刻になるだろう。政権争いなどにうつつを抜かしている場合ではない。アレッと驚くような奇抜なアイデアで失業者を救済して、世界に範を垂れたらいかが?知恵の出し合いなら協力しまっせ。

(出典: デイリースポーツ 2008年12月25日)

ニールセダカショウ

ホノルルの日系紙に目を通しているとニールセダカが街にくるという報せ。懐かしい名前に魅せられ直ちにチケットを購入した。かつてホノルルにはフランクシナトラ、ビングクロスビー、パティページなど往年の大スターたちが月替わりでショウに訪れた時期もあったそうだ。それがラスベガスに奪い取られて永い年月が過ぎた。

ニールセダカはジュリアーノ音楽院ピアノ科に在籍中ポップ界にデビューした1950年代のアイドル歌手。超イケメンと蜜のような甘い声であっという間にスターダムにのし上がった。デビューから天敵ビートルズが出現した1963年までに売り上げたレコードは5千万枚を超えたという。王者の座をビートルズに渡したあと10年間の雌伏を経て再びショウビズに返り咲き、作曲、ステージ、レコーディングを重ねて今に至る。

ショウ当日のホノルルは大嵐だったが、コンサートホールは半世紀も続くファンで満席。黒尽くめに映える白のジャケット姿でピアノに向かうニールは貫禄十分。隣席のわがカミさんによると、「アイドル時代よりも今のほうが熟したオトコの魅力があって素敵だわ」だと。

名曲「ダイアリー」でショウは幕開け。「オーキャロル」「カレンダーガール」「チュウチュウトレイン」と続くと、観客席を埋めつくす熟男熟女たちは絶叫と拍手の渦の大興奮だ。独特のボーイッシュソプラノは70歳を超えて尚衰えず。ニールが作曲し、コニーフランシスが唄い、スティーブマックインが主演した映画「ボーイハント」の主題曲「ホエアザボーイズアー」のイントロが始まると熟年ファンの絶叫は頂点に達する。

ニールの歌声は、白髪世代のハートに過ぎ去りし日の想い出を甦らせた。あの日あの時のシーンが脳裏に再現されると、それぞれ胸をときめかせたことだろう。よかった。

(出典: デイリースポーツ 2008年12月18日)

オバマ効果

「ハワイ出身の黒人がよくぞ当選してくれました。みんな元気がでましたよ」会う人ごとにハナシはこんどの大統領選挙で持ちきり。それほどにオバマ新大統領の誕生は、太平洋に浮かぶゴマ粒様の島の衆にとって、一生に一度の一大事だった。

これに目をつけた観光業者は早速“バラクオバマ観光ツアー”なるものを売り出した。オバマ氏が幼少の頃暮らした家、名門プナハウ校に通った高校時代に店員としてバイトしたアイスクリーム屋、休日を海辺で過ごしたサンデービーチなどをつぎつぎとバスで案内するツアーが人気上昇中だ。

自慢ではないが、ハワイは学童生徒の学力テストでは、全米50州の最下位グループから何年経っても抜け出せない。そんなハワイから大統領が誕生したのだから「それ見たか。学力テストの平均点なんか何するものぞ。劣等生のお前達でも努力次第でホワイトハウスへの途は開けるのだぞ」と出来の悪い息子や娘に言って聞かせる親たちが増えているという。

「チェンジ!(変革)」を唱え死力を尽くしてヒラリーを倒しマケインに打ち勝ったバラクオバマは、アメリカに住む非白人グループに希望をもたらせた。バラクの当選は「自由主義社会では、人はその人となりで評価される。皮膚の色や、背後にある家柄や、特定政党や支持団体に左右されるものではない」という事実を明確に示した。それはマイノリティの若者たちに、大きな希望と勇気を与えた。十年単位で将来を展望してみると、その効果の大きさが判る。

米国では上院議員100名のうち世襲議員は数名のみ。変革好きなアメリカンの有権者に世襲はなじまない。一方ニッポン各界のリーダーたちは2世3世ばかり。年毎に交代する力不足の首相たちを太平洋のこちら側から眺めると乳母日傘で育ったひ弱な雛に見えて仕方がない。

(出典: デイリースポーツ 2008年12月11日)

アメリカンは超楽天的

先週、成田から出発するホノルル便に乗って驚いた。4分の1ほども埋まっていない客席の半分は50人に満たない中国人の観光ツアーグループ。ガラガラのビジネスクラスに座っているのは移動中のクルーたち。ニッポン人客の姿は殆どない。

出発前にパイロットが予定飛行時間は6時間とアナウンスする。離陸すると軽い機体は高い夜空を疾風のごとく飛翔する。予定時間を15分も短縮し5時間45分でホノルル空港にタッチダウンした。これまでホノルル便に乗った回数は30回を超えるが今回が最短飛行時間だった。

いつも日本から帰りのフライトでは、ディナーを含むすべての機内サービスを前もって断り、離陸と同時に眠剤を飲んで眠りにつく。約7時間のちの着陸直前に起こしてもらう。冬衣装をポロシャツに着替え着陸にそなえる。窓から日の出を眺めながら飲む朝一番のコーヒーが美味い。今度のように4時間足らずで起こされると眠気が残って目覚めが悪い。

この時間帯はニッポンや韓国から到着した団体客でごった返す入国審査ロビーも今朝に限って人影まばら。100年に一度の金融危機に加え、いまだに続く燃費上乗せ料金の影響だろうか。ニッポン人には円高のうまみがあるのに、なぜかハワイ旅行は敬遠されている。韓国では急激なウオン安で海外旅行そのものが嫌われ、ニッポン訪問のツアーも激減しているという。ましてやハワイなどというのが本音だろう。

「この先ハワイの経済はどうなるんだろうね?」永年米政府で働いたリムジン運転手に水を向ける。「お留守の間に総額4千5百億円のオアフ鉄道計画が可決されました。州民の負担は増えますがオバマ政権に替わったら総てがよくなりますよ」超楽天的なところがアメリカンの強みだ。力強い言葉をありがとう。

(出典: デイリースポーツ 2008年12月4日)