歓迎!羽田空港のハブ空港化

「いま2時に成田に着きましたが、成田エクスプレスと新幹線を乗り継いで、大阪の梅田に着くのは7時過ぎるでしょう。予定してくださった歓迎の宴に少し遅れますが、お許しください」

成田から大阪のオッチャンにかけた電話だ。ホノルルから成田経由で大阪に来るたび、こんな電話を今まで何度かけたことだろう。海外から長いフライトのあと、成田から大阪まで電車を乗り継いで5時間余りの鉄路の旅。梅田に着く頃には疲労困憊、息も絶え絶えというのはちと大げさだが、オッチャンが用意してくれる歓迎の宴ももう一つ盛り上がりがよくない。

首都圏の空港を国内線の羽田と国際線の成田に分離する“内際分離”という政府の愚策によって、国際線を降りた乗客は成田から国内線に乗り換えて直接各地に飛ぶことは出来ない仕組みだ。ニッポンの土をふみながら、東京泊りを強いられたこともあった。

成田からも限られた本数の国内線は飛んでいる。だがこれは日本の航空会社の国際線利用客をまず優先的に乗せる。外国のエアラインで着いた客は、空席があれば乗せてやるという差別待遇だ。成田に2時に着いて待つこと5時間。午後7時発関西空港行き最終便に運よく乗せてもらったが、大阪市内の我が家に着いたのは10時すぎだったという事態も体験した。

いま24時間機能する韓国の仁川国際空港は、日本各地の25を超える空港に送迎便を飛ばしている。最近仁川経由でホノルルを訪れる友人が増えたのもむべなるかな。ハブ空港たる仁川での乗り継ぎ待ち時間は1時間以内に調整してあるから、成田や関空よりはるかに便利だという。これからは成田経由をやめて、仁川空港経由で大阪に来ることにしようかとマジメに思い始めたところに、国土交通大臣の「羽田空港を“内際合同”のハブ空港にする」という爆弾宣言。

過去の日本政府がとった“内際分離”策は「利用客の利便性第一」というサービス業のプリンシプルに反している。仁川空港に利用客を取られナショナルキャリアのJ航空が破産しかけたとき、政権交代してよかった。“内際分離”の愚かさを一掃する快挙に拍手を送りたい。

戦略で負けた東京五輪誘致

今度の東京オリンピック招致はアカンかったですな。売り込みにもっとエエ手はなかったんでっしゃろか。今までつぎ込んだ150億円がパーやそうでんな。都知事も困ってはりまっしゃろな」 大阪のオッチャンは2016年のオリンピック開催に東京が落選したのをわがことのように残念がる。

10月2日コペンハーゲンの国際オリンピック委員会総会で、東京、シカゴ、リオデジャネイロ、マドリッドの4都市が競い合った。ニッポンの総理大臣も現地に赴き招致演説を行った。この演説要旨を新聞で読むと、莫大な経費を費やした招致運動にかかわらず東京が選に漏れたのは当然という気がした。

「なんでニッポンが負けて当然ですねん。そのワケを聞かしてもらいまひょ」
この頃歳のせいで思想は右傾化、気性は短絡化しつつあるオッチャンが気負いたってせきたてる。
「演説内容の初めの85%が東京五輪に具体的関係のない自らの総理就任、友愛精神、五輪の『マジック』、国連、温室効果ガス削減、人類の友愛についてでした。具体性のあったのは最後にちょこっと触れた財政保証の約束だけです。これは、国内ではうけても、異文化社会の人間を惹きつけるには、パンチが弱すぎます」
「ほう、センセならどうしはります?」
「総理演説は誘致交渉のフィナーレのシメです。ここでは相手が一番欲しがる政府の財政保証の約束を開口一番にだすのが優れた戦術でしょう。この先2016年までに今よりもっと大きな世界不況がきても、日本政府が財政保証した東京五輪開催は絶対に大丈夫と安心できますからね。
次にニッポン国民は東京五輪開催を熱狂的に渇望していると続けて、今日はその日本国民の情熱のすべてを束ねて持参したのだから、東京落選を持って国には戻れない。これぐらい強烈な意思表示の言葉を投げて様子をみるのがいいでしょう」
「ほう、センセもなかなかの策士でんな」
「世界中からアメリカに来た人たちと競争して勝ち抜くためには、交渉ごとの戦略や戦術を身につけないと達成できません。
わたしは昭和39年の東京オリンピック開催時、横浜の外国人専用病院で外国人患者診療のため待機していました。あのオリンピックで日本中が熱狂した記憶が今でも鮮やかに甦ります。当時と比べると今のニッポン人は熱狂するほどの情熱もエネルギーも遣い果たしたように思えます。そつない日々が安泰に過ぎれば幸せで言うことなし。何事も自分に責任が降りかかることは避けて通る。そんな想いが共通の人種になってしまったように見受けます。
今度の総理の演説要旨を読んでみて、だれが原稿を書いたのか知りませんが、当たり障りのない言葉の羅列で、言質をとられないように逃げているという印象を受けました。これでは必死に向かってくる諸外国代表に勝てる筈はないでしょう」
「なるほど、センセはそういう見方をしますか。当たってますな」

外科部長の泣きどころ

「この間、どこかの病院の偉いお人と居酒屋で偶然隣り合わせになりました。この御仁は外科部長やいうてはりましたが、部下の若いドクターが何やら間違いをして患者に訴えられた、こんなことが起こるたびワシは患者に平謝りや、テレビや新聞がきたらカメラの前で最敬礼し世間に向かって陳謝せなあかん。自分のミスでもないのになんでワシが頭さげなあかんねん、もうやってられん、病院を辞めて開業したろかとおもうてんねん、というてえらいぼやいてはりました。センセも同じような経験をしたことはおまへんか」

オッチャンは巷で聞き及んだハナシを、すぐこっちに振ってくる癖がある。
「わたしは、幸いなことに、その部長さんと同じような立場に立ったことはありません。しかし、その御仁のお気持ちはよく判ります。
ニッポンの医療界では、病院の幹部が、医師の技量と人柄を吟味して適切な人のみを採択することは出来ない相談なのです。ドクターを採用する場合、一つは大学の医局にお願いして医師を派遣してもらう、もう一つは個人で求人に応募してきた医師を採択するという二つの方法しかないのです。
大学医局から派遣されてきたドクターが、仮にウデが悪くてニアミスを繰り返したとしても、医局と将来の折り合いを考えると、勝手に辞めさすわけにはいかない。仕方なくそのまま働いてもらうと、『オレはこの病院に来てやってるんや。ありがたく思え』という思い上がった態度をとる。
今の病院はチーム診療で成り立っています。一人でも院内から総すかんを喰らう医師がいるとチームワークが崩れる。その人柄を嫌って退職していくスタッフも出てくる。思い余った病院幹部が医局長と掛け合っても、そんな不届き者をおいそれとは引き取ってくれない。職員間の信頼関係が破壊され、ついに病院はたった一人の人間のせいで崩壊に向ったという最悪のケースを見たことはあります」
「病院の内部事情は、わたしらめったに知る機会はおまへんが、人間関係って深刻なもんがありまんねんな」
「医局から派遣された医師は集団のなかにいますから、先輩や同輩に尋ねてウデのほどを知るすべがありますが、求人に応募してくる一匹狼のようなドクターを雇用すると、高い未知のリスクを覚悟しなければなりません。そのドクターが以前働いていた病院に問い合わせてみても、真実を知ることは殆ど不可能です。ウデのほどや人柄は職に就いたあとで見せてもらうしかないのです。
本来、数ヶ月間の観察期間をおいて、人柄や技量を見た上で本雇いを決めるのが理想ですが、医師不足の昨今、病院幹部にはそんな条件を提示する勇気はありません。大方の場合、医師資格さえ持っていれば本人が自称する専門医師として雇用してしまうのです。
ニッポンはG7の先進国のなかで唯一、医師に専門科別の資格を持たせていない国なのですよ。アメリカで外科医といえば卒後5年間の研修期間に最低500回の手術を行った経験のある医師のみに与えられる称号です。他の国でも大体似たような基準があります。
ニッポンでは外科の研究室に在籍した年数も外科経験年数に一緒に加算して、外科在籍10年などと自称し経験豊かな外科医のフリをしても罰せられませんが、他の国だと経歴詐称で刑事罰をうける可能性があります。
医師不足の折から、背と腹を変えた外科医が内科医と称して開業したり、内科医が開業するときには小児科医兼業を称したり、まさに好き勝手にし放題という観がします。
そんな背景を知ると、お会いになった外科部長が『やってられんわ』とぼやかれるウラの事情は大体お判りいただけるでしょ」
「なるほど。あの御仁がぼやいとったワケが、やっと飲み込めましたわ」