アラスカ縦断と豪華客船クルーズの旅(1)

「夏のアラスカクルーズはほぼ完売ですが、7月11日アンカレッジからのツアーだと、コラルプリンセス号のミッドシップのミニスイートに1室だけの空きがでました」
 
ホノルルの旅行代理店から連絡があったのは、今年はじめのことだった。アラスカクルーズのシーズンは5月から9月までの4ヶ月間だけ。翌年夏の予約がクリスマスまでに完売するというほどの人気である。アンカレッジの南100キロの太平洋に面するウィッチャー(Whittier)からバンクーバーまでの4,000キロのクルーズは、途中幾つかのフィヨルドに寄って氷河を見物しながらの7泊の船旅だ。
ちなみに、ミッドシップとは、船の舳先でも艫でもない中央部のこと。ここだと揺れが小さいから、予約を頼んでおいたのだ。

「このクルーズツアーには、アンカレッジから北極海に面したプルドウベイの石油基地に飛んで、そこを始点に陸路800キロをバスで2日がかりで南下しフェアバンクスで2泊。さらに西南に200キロ離れた山中のデナリリゾートに移動して2泊。デナリからはプリンセス特別仕立て列車でアンカレッジ経由650キロを、9時間がかりでクルーザーの待つウィッチャー港駅に到達するという陸路アラスカ縦断のオプションもありますが、如何なさいます?」
「勿論、お願いします」

旅行契約同意書にサインはしたものの初めてのクルーズだ。
友人のハナシでは、北太平洋を吹き荒れる嵐に遭遇すると、巨大な貨物船でも木の葉のごとく揺れて、生きた心地はしないという。
万一難破でもして海に飛び込む羽目に陥ったら、ハワイの海と違ってさぞ冷たかろうと思い始めると気持ちが落ち込む。契約書にサインしなければよかったと悔やむ日もあれば、9万2千トンといえばフォレスタル級航空母艦より大きい、そんなにでかい船が難破などしてなるものかと納得する日もあり、気持ちの揺れ動く半年だった。

6ヶ月は束の間に過ぎ、いよいよ旅立ちに日がやってきた。
ホノルルから空路シアトル経由でアンカレッジに向かう。
シアトルから3時間半のフライトでアンカレッジ空港に着いたその瞬間、アラスカ陸路縦断1週間、アラスカからバンクーバーまでのクルーズ1週間、あわせて2週間のツアーが始まった。

第1日目:アンカレッジ

降り立ったアンカレッジ空港は雨。
空港から市内まではバスで30分。プリンセスクルーズ専用の大型バスに乗った乗客は、わたしと家内の二人だけだった。最前列の座席に座る。二階にとどくかと思うほどの大型バスを操るのは白人の中年女性ドライバー。中西部オハイオ出身のおばさんドライバーのハナシが面白かった。

1970年代のジャンボ機導入以前には、日本と米国やヨーロッパを往復する旅客機はアンカレッジに寄港し、そこで給油したのちつぎのセグメントを飛ぶという航路をとっていた。米ソ間の冷戦が続いていたので、シベリア上空を飛ぶことはできなかった。
当時アンカレッジからソウルに向かう大韓航空機がカムチャッカ上空で通常の航路を外れて、非意図的にソ連領を侵害した。スクランブル発進したソ連軍戦闘機は、旅客機と認識しながらもロケット弾を発射し、大韓航空機を撃ち墜してしまった。無情にも乗員乗客の全員が北の海の藻屑ときえたという悲劇があった。
そういえば、一般市民をのせた旅客機と知りながら、軍規をたてに撃ち落して平然としているソ連軍の非人間性に激怒した記憶がある。

またあるときは、コロラド州デンバーから成田行きの貨物機がアンカレッジ空港を離陸後間もなく墜落炎上しコックピットの乗員は全員死亡。積荷の生きた牛60頭あまりも犠牲になった。
「生きたままの牛を運んでくるより、チルドの牛肉にして輸入したほうが、効率がいいのではありませんか?」
航空貨物に詳しい人に尋ねたところ、返事が興味深かった。
「牛は肉になった場所でブランドが決るのです。コロラド生まれの牛でも、生きて日本の土を踏んだらその時点で和牛に変身です」だと。
牛に限らずブランドと称するものは似たり寄ったりだ。

当時のアンカレッジ空港は、北極圏航路で東西を結ぶ各国旅客機で、大変な賑わいだった。国際旅客線の寄港が殆どなくなった今は、アジアと北米やヨーロッパを結ぶ貨物便の国際ハブ空港として賑っているという。

バスが市内に入ると、道路は東西が1から数える数字、南北がABCのアルファベットの碁盤の目ようを呈している。これなら初めての街でも、迷子になることはない。通りは人影がまばらで、うら寂しい。それでも、一角には歩行者天国が作ってあり、ノミの市のベンダーが出ていたが客は殆どなし。ロックバンドの演奏ももう一つもりあがらない。
いかにも人工的に造られた街は人の匂いが希薄だった。

今夜の宿はアラスカ州随一を誇るキャプテンクックホテルだ。
最上階のレストランの8時に予約したテーブルについても、白夜のせいで真昼のような明るさだ。

名物のキングクラブレッグスを注文すると、イボイボのついた大きな足が10本も大皿に山盛りで出てきて仰天した。カミさんが注文したハリブット(オヒョウ:巨大なカレイ)のソテーも、レンガほどの大きさのサカナの白身がでてきてびっくり。アラスカンキングクラブやハリブットは大阪でもレストランのメニューにあるが、ここで食べる獲れたてのカニやサカナには味でも値段でも敵わない。

アメリカンは、蟹やエビを溶かしたバターに浸けてたべる習慣がある。こんな旨いものをバターに浸して食べるワケが理解できない。カニは三杯酢、エビはマヨネーズ醤油が一番あう。

早速、キッコーマン醤油とレモンを注文し、即席のレモン醤油を作って蟹の足を食べ始める。旨い。カミさんと分け合って1人5本も食べると満腹する。ワインはカリフォルニアのシャドネー。
デザートのあと試しに注文したアメリカ産コニャックは不味くて飲めなかった。素直に認めるがブランデーはやはりフランス産にかぎる。