「あら、これは焼きすぎだわ。あたし、メディアムレアにして頂戴と頼んだはずなのに」
場所はワイキキのレストラン。ニッポンの熟年カップルと一緒のディナーのテーブルで、ステーキをカットした奥方の眉がつり上がった。
「ボクのは注文どおりの焼き加減だよ。ほら、こんなにピンクでジューシーだ」
「よろしゅうございましたね。あたしのは完璧なウェルダンなのに」
奥方は臆面なく、亭主にすねてみせる。
「ま、運が悪かったとあきらめろ。それより乾杯しょうや。ハイッ、センセ、乾杯!」
男の安泰はカミさんの機嫌次第だというのに、この亭主、こんなにはしゃいでいいのかと心配する。
「ちょっと待ってください。奥さん、そのステーキ、取り替えてもらいましょう。」
「え、そんなこと出来ませんわ。もう、手をつけてしまいましたから」
「それがアメリカでは、出来るのです」
テーブルに呼んだマネージャーに事情を説明すると、
「オー、アイムソーリー、マダム。お取替えはステーキになさいますか、それとも別の料理にされますか。ステーキでしたら、わたくしの責任で今度こそメディアムレアに仕上げてまいります。ほかの料理がご希望でしたら、メニューをお持ちいたします。これは私どもの手落ちでございますから、もちろん料金はいただきません。当店のサービスとさせていただきます」
イケ面マネージャーの言葉を聞いて、奥方の顔にパッと微笑みがよみがえる。めでたし。
「センセ、どんなマジックをお使いになったの? ニッポンのレストランでは、こんなことは絶対にあり得ませんことよ。今夜のディナーは、素晴らしいホノルルの思い出になりました。ありがとう」
「アメリカでは、料理でも品物でも、注文と違っていたら、無償で取り替えてもらいます。これは法律で守られた消費者の権利なのです。今夜は、ちょいとその権利を使ってみただけです」
(出典: デイリースポーツ)