コロラドの月

いまコロラド州コロラドスプリングスのザ・ブロードモアというリゾートに滞在してこの稿を書いている。歴代大統領が宿泊したというこのリゾートは、アメリカでも歴史のある超セレブなホテルのひとつだ。

部屋の窓ごしに万年雪をかぶったロッキーの峰々が見える。夕陽を受けて黄金色に輝く姿は荘厳だ。陽が落ちると急に冷え込む。乾いた空気の夜空にかかるのはコロラドの月。

客室のキャノピーのあるベッドは床から90センチ。あまりに高いので寝るときには助走をつけてエイヤッと飛び上がらねばならぬ。異常に高いベッドの由来を女性スタッフに尋ねても首を横にふるだけ。「1917年のオープン時には床をガラガラ蛇が這っていたからじゃないの?」と嫌味な誘い水を向けてもただ微笑むばかり。

「自力でベッドに上がれない熟年の客はどうするの?」と尋ねると、「シニアの方には踏み台をお持ちします」「それでも駄目なら?」「私どもスタッフが後押しに参上いたします」だと。寝るだけに後押しが要る不便さは、今風の利便簡便主義に逆らうレトロ趣味だ。だから若い恋人や新婚よりもワケあり大人の隠れ宿向きだろう。値段も飛び切り高いかわりに、ベッドインには後押しサービスもついている。

今回は会員資格を『医学の流れを変えた外科医』に限定した米国外科医師会の集いに出るためコロラドに来た。この会の日本人正会員はわたしの他にもう1人だけ。近代医学が生んだ人工心肺、開心術、臓器移植、経静脈栄養法、腸管延長術などの新技術は無数の生命を救ってきた。そんな技術を開発した外科医の集りがこの会なのだ。

ザ・ブロードモアホテルは、過去にも数え切れぬ医学会をホストしてきた。わたしの部屋にも先達の大外科医が泊まったことがあるだろう。なのにレトロのへちまのと悪口を吐くとバチが当たるかな?

(出典: デイリースポーツ)

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