本末転倒

ニッポン各地の病院の医師不足は深刻さを増す一方のようだ。公立病院で閉鎖を余儀なくされるところが増えている。これに対し政府は医学部の定員を増やして医師を増産する政策を発表した。医師不足に医師増員、いかにも迅速適切な対処のようにみえる。だが騙されてはいけない。いますぐ医学部入学枠を広げても効果がでるのは10年先なのだ。

医師不足には3つの要因がある。絶対数の不足、偏在、個々の医師のパーフォーマンスだ。要因の一つ一つを検討すると医師増員のまえに解決すべきことがある。

米国の医学生は卒業と同時に全員が選んだ臨床科別の研修に入る。数年間の研修修了後は臨床医として診療を開始する。約30%がさらなる専門分野の研修および研究に進むが、数年以内に診療の現場に復帰する。一方ニッポンの医学部では卒業生とほぼ同数の定員を持つ大学院が卒業生を取り込まんとして待ち構えている。大学院に入学すると4年間は研究中心の生活だ。毎年生れる7千名の医師全員が大学院に進学すると、全国の診療現場から2万8千名の医師が奪取されることになる。

大学院は文科省の管轄である。単なる教授から大学院教授というもったいぶったタイトルに格上げ(?)してもらった教授陣は、文科省の意向におもねり大学院の定員充足に励まねば自身の足元が危なくなる。かくて大学院に人集めするため大学医局は各地の病院から医師を引揚げ、その結果地域社会の住民は医師不足に苦しむ。

医学の本来の使命は診療であり、その知技を後進に伝承することにある。診療上の行き詰まりを解決するため医学研究が生まれてきた。これが医学のプリンシプルなのだ。

ところが、いまニッポンの医学界を海外から望見すると、プリンシプルを忘れた診療軽視、研究重視という本末転倒のなかで、七転八倒する姿が浮かびあがってくる。

(出典: デイリースポーツ 2009年1月15日)

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