今日からボス

「本日付で、アイオワ大学病院小児外科ディレクターに任ず」という辞令をもらったのは、48歳で渡米して丁度6年目、いまから13年前のことだった。小児外科という科は専門医、医師専属の秘書およびナース、研修医、テクニシャン、アシスタントなど、全部併せても10名足らずのグループである。小所帯とはいえ、アメリカンの部下を束ねて、小児外科セクションを仕切るボスに就任したのは、無知ゆえの無謀とあとになって知った。

アメリカの大学では、各学部および各セクションは単独会計、独立採算で運営する。科のディレクターは収支バランスを維持し、スタッフ全員にサラリーがいき当たるよう、黒字経営するのが仕事なのだ。平たく言うと、わたしは、経営がそれほど思わしくない小児外科という小企業の社長を押し付けられたというわけだ。

渡米するまで永年勤めたニッポンの公立病院には、各科を独立採算で経営するという発想どころか、科の収支バランスを分別記録した帳簿さえ存在しなかった。「それは無理です。手術なら何でもやりますが、カネ勘定だけは出来ません。辞退します」と一度は言ってみた。だが、引き換えに提示された年俸の大幅昇給に魅せられて、結局引き受けてしまった。

日本の団体はその規模の大小に関わらず、何かを企画実行する場合、トップは広く会議を興し、部下に発言の場をあたえ、コンセンサスという実が熟すのを気長に待つ。機を見て「皆さんの総意が得られたので、決めることにしました」と締めるのがニッポンのトップなら、一方、アメリカのトップは、「今日からはオレがボス。決断はオレがするかわり、全責任はオレが持つ」と胸を張らねば、誰もついてこない。この一言が、ニッポンで育った人間には、なかなか口にできないのだ。「根回し」と「トップダウン」。二つの文化の違いは、とてつもなく大きい。

(出典: デイリースポーツ)

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