白鵬に見た、ホンモノの男

大相撲名古屋場所の千秋楽結びの一番をテレビで見て背筋に戦慄を覚えた。ここ数年、大相撲各場所はNHK衛星中継で欠かさず見ているが、これほど興奮した取り組みの記憶は他にない。大関白鵬は不覚の二敗をしたものの、この一番に勝てば、わずかながらも、横綱昇進の望みが残っている。一方、対戦相手の横綱朝青龍は、ケガで休場した先場所からのカムバックを、全勝優勝で飾りたい。両者ともに、ここが正念場の大一番となった。

通路から土俵に向かう白鵬の姿には、大勝負をまえにした大力士の貫禄がある。控えの席についたあとの、目をつむり瞑想する表情が良い。燃え上がる闘志を内に抑え、湧いてくる不安や迷いと闘い続けているに違いないが、それを微塵ほども表に出さないのが、また良い。これが20歳の若者とは思えない落ち着きようだ。

いよいよ土俵に上がると、立会いで横綱と交わす視線が鋭くていい。強い野望に満ちていて素晴らしい。ほとばしるほど強烈な達成欲は、今のニッポンの男たちが失ったものだ。他の大関たちの、場所ごとに8勝して大関の座が保てさえすれば安泰だという姑息さは、微塵も見られぬ。最高峰を目指して一途に突き進む。それ以外には目もくれぬというホンモノの男の姿を見せてくれた。

朝青龍も白鳳も、ともに、10代半ばでモンゴルからニッポンに移住し相撲界に入った。ニッポンという極めて排他的社会をもつ異国のなかの、兄弟子と書いて拳骨と読むという理不尽がまかり通る角界で、飲んだ水はさぞ苦かっただろう。悔しさに枕を噛んで涙した夜もあっただろう。「負けてたまるか」と誓った強い気持ちが、彼らをここまで導いたに違いない。50歳過ぎてから、外科医人生をアメリカに賭けたわたしには、その気持ちが痛いほど判る。

今場所、白鵬の横綱昇進は成らなかったが綱取りは時間の問題だ。白鵬、頑張れ。

(出典: デイリースポーツ)

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