バリ島の珍事

アメリカ本土各地は、熱波の来襲で気温が40度にも達し、多数の熱中症犠牲者をだしている。ここホノルルは、ひんやりした貿易風のお蔭で、ゴルフのプレー中に汗が滲むことはないのだが、今年の夏はハーフが済むとシャツは汗でぐっしょり。どこかおかしい。

シャツを濡らす汗といえば、思い出すのがバリ島での出来事。ジャワ島の最東端にあるこの小島は、朝洗ったシャツを天日に干すと夕方になってもまだ雫が滴るほど、湿度が高い。

そのバリで25年前にアジアの小児外科医が集まる学会が開かれた。恒例の晩餐会はプールサイドにセットした会場で、輝く南十字星のもとに400名の参加者を集めて催された。

当時、国際学会には小児外科の師と仰ぐ大阪のUセンセと同行するのが常だった。今回も一緒にバリ島にやってきたが、本学会創立メンバーで超VIPのセンセは、各国代表との会見に多忙を極めていた。晩餐会でのスピーチの依頼をうけ、いつものことながら、「キムラ君、スピーチでオレの言いたいことはアレとコレや。英語に直しといてや」と言い置いて消えてしまった。

万年筆でホテルの便箋に書いたスピーチの原稿を、四つ折にしてセンセに手渡すと、目も通さずに「ありがと」といって、バティックの胸ポケットに入れるや、次のスケジュールへ。

さて、晩餐会の演台に立ったセンセは、胸ポケットから取り出した原稿をためつすがめつするばかりで、無言の時が過ぎる。全員が何事ぞと固唾をのむ中、やがて始まった原稿なしのスピーチは、たどたどしかったが無事終了した。満場割れんばかりの拍手は、原稿を棒読みした他のスピーカーたちをコケにした。ステージを降りるセンセに、「どうなさったのです?」と尋ねると、「キミの書いてくれた原稿は、汗で滲んでしもて、字が全然読めなんだんや」だと。それがかえってよかった。

(出典: デイリースポーツ)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です