教育は真剣勝負だ

アメリカの外科医は、医学部卒業後、師匠について各種手術を5年間修業し、筆記と口答の専門医試験にパスして初めて単独でメスを持つことが許される。専門医資格はなくても医師免許さえあれば手術は出来る。だが病院は外科専門医資格のない医師には手術室の使用を許さないし、仮に手術したとしても、保険会社は手術料金の支払いを拒否する。

修業中の外科志望医らは、その態度如何によっては途半ばにして、師匠に引導を渡されることもある。そうなると生涯外科医になることは出来ない。だから若い医師にとって修行中の毎日は真剣勝負だ。外科研修医は一般外科のほかに小児外科や心臓外科などの高度専門科を巡り外科全般を広く修める仕組みになっている。

ある時わたしが主任教授を勤めている小児外科に6フィート4インチ(190センチ)というアメリカ人の中でもとりわけ大男の研修医が巡ってきた。172センチのわたしとは実に18センチもの身長差だ。手術台を中にして向かい合わせに立つと彼の胸の辺りしか目に入らぬ。その若者が麻酔医にむかって「手術台を8インチ(約20センチ)高くして」ナースには「ドクターキムラにステップを2枚」と命じた。ステップというのは外科医の足の下に置く踏み台のことだ。この若造、師匠のわたしに無断で場を仕切るとは分際をわきまえぬ奴。懲らしめてやらねばならぬ。「台の高さはこのまま、ステップは不要」と宣告し手術を始めた。腰より低い手術台に向かい背中を極端に曲げた姿勢で手術をすると大変な苦痛を生じる。背中の痛みでおのれの不遜をようやく悟ったこの若者、「ドクターキムラ、先ほどは出すぎた真似をして済みませんでした」判ればいい。返事の替りは「手術台を8インチアップ!わたしにステップを2枚!」

この痛みを忘れるでないぞ。

(出典: デイリースポーツ)

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