ドクターストップ

安倍首相の突然の辞任発表は瞬時に世界に伝わった。海外メディアは「任務遂行が不可能と判断したから辞任するのは、ハラキリと同じメンタリティで無責任」と報じた。国内メディアも所信表明演説直後の辞任は無責任と報道した。テレビは街頭で女性に「選挙で負けた時に辞めればよかった。今になって無責任」と語らせ、中年男には「年金問題解決の約束をどうしてくれる!」と憤らせた。あれもこれもみんな責め言葉ばかり。

翌日首相は大学病院に緊急入院。主治医は「機能的胃腸障害」という診断名を付けたが、わたしは「燃え尽き症候群」であると推察している。自衛隊の対テロ給油作戦の継続は世界への公約だ。これを国内事情でいま中断することは国防上重大な問題を招く。首相はこの公約の実現にむけ、最大野党党首との会談に風穴を見出そうと一縷の望みをかけたが断られたものと思い込み、最後の一灯が燃え尽きたのだろう。辞任会見でも会談を断ったと思い込んだ野党党首への怨嗟の言葉を反復した。

「燃え尽き症候群」は要職にあって責任感の強い人に見られる。与えられた重要な任務が人為的な理由で遂行出来ないと知ると、絶望のあまり虚脱に陥る。外科医であれば、生命を救う知識、技術、経験、情熱、気力のすべてを修めているのに、行政の無為無策、病院幹部の無能などが理由で患者治療が存分に実行できないとき、燃え尽きて外科医を辞める。

あとで振り返れば予兆と思い当たる節があっても、重責にある人を「燃え尽き症候群」と診断し職務にドクターストップをかけるのは難しい。「燃え尽きる」というイメージが職務復帰後に汚点として残るからだ。「燃え尽き症候群」に罹るのは無能でもなければ、恥でもない。むしろ職務に総てを燃焼し尽くした証しと見做すべきだ。安倍首相の早期回復を祈願する。

(出典: デイリースポーツ)

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