幻の「南方食堂」ホノルル支店

月はじめから冷え込んだニッポンを発ち、ホノルル空港に降り立つと雨だった。迎えのリムジン運転手の話では、このひと月は雨また雨の日々でうんざりしたという。ダイアモンドヘッドの北を掠めながら家路につくと、その名の由来のキラキラ輝く岩肌もすっかり緑に覆われて無精ひげを生やした様相だ。

9月に発ったときには岩だらけだった我が家の裏山も、うっそうとしたジャングルと化しているのにびっくりした。新大阪の活気あふれる雑踏と騒音から一転、静かな入り江に面したリゾート暮らし。両極端を交互に棲み分けられる幸運に感謝せねば罰が当たる。

大阪で過ごした2ヶ月余り、食事は近所の「南方食堂」で3日にあげず世話になった。昼は秋刀魚や鯖の煮魚や焼き魚に卵かけご飯、夜はカキフライに豚汁など、幼いころ田舎で食べたご馳走が日替わりで並ぶ。「味は南方料亭だね」と水を向けると店長は胸を張る。

わがカミさんは大抵の料理をプロ並みの手腕で作ってしまう自慢のマイシェフだ。そのマイシェフが、棚からピックアップしてテーブルに並べるだけで美味しいご飯がすぐ食べられる「南方食堂」の虜となり、我が家のキッチンに立つ回数が目立って減った。この症状が進行して今どき流行の「料理をしない主婦」になってしまったら、こちとらは文字通り「メシの食い上げ」になってしまう。

秘かに危惧しながらも、なに、ハワイに戻れば、またキッチンに立つに違いないとわが身を慰めていたところ、「センセ、うちはホノルルにも支店がありますねん。お帰りになったらぜひ寄って見てください。」
店長の言わずもがなの一言にずっこけた。

早速ホノルル支店の住所を頼りに訪れてみると、別のビジネスと入れ替わっていたので内心ほっとした。今もキッチンに立つカミさんの姿を見て、これでよしと思っていたら「早く大阪に戻ろ」だと。

(出典: デイリースポーツ 2007年12月13日)

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