貝殻追放

「金融界を左右する立場の日銀総裁が、問題の村上ファンドに投資していたのは、許せることではありませんな。この際辞任して、世間を騒がせたことの責任をとるのがスジというものでしょう」

ゴルフのショットの手を休めて、Cさんは厳しい意見をのべる。

「福井総裁が投資なさったのは就任以前のことですよ。当時の村上ファンドは合法的な投資ビジネスだったのですから、一民間人として私財をファンドに投資されたことには、何の不都合もないでしょう」
「しかし日銀の総裁ともあろう御仁が、投資で私財を増やすことに、世間は納得しないのです。総裁就任時に、株や信託投資などの一切を処分すべきでした」
「それでは、福井家の得べかりし運用益は、一体誰がどんな方法で補償して差し上げるのですか。仮に証券を現金化した場合、たんす預金にでもしておけばよかったとおっしゃるのですか?」
「銀行の定期にしたらよろしい」
「定期預金した資金がサラ金に流れて、強引な取立てによって自殺者を生んだとしたら、総裁の責任はどう追及します?」
「それは屁理屈というものです」
「ニッポンは自由経済の資本主義社会です。誰にでも資産を投資する権利があります。福井さんがその権利を行使されたあとで日銀総裁に就任し、またその何年か後に投資先の村上ファンドに不都合が生じたのです。その不都合もまだ裁判で判決はでていません。それで総裁を辞任しろという論理はないでしょう」
「こうした場合、ニッポンでは世間の声に従うのです」

いらだつCさんの声が厳しくなる。

「古代アテネは民主主義で大変栄えましたが衆愚政治に陥り滅びました。その末期アテネ市民は、国家要人の去就を、貝殻追放と称する好きか嫌いかの投票で決めました。ハワイから眺めるニッポンは、衆愚政治スパイラルに陥ったように見受けられます」

(出典: デイリースポーツ)

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