「おじいちゃん」と呼ぶな

テレビのドキュメンタリー番組をみていると、老人施設で介護をしている若い女性が、年配の男性を抱き起こしながら、「はい、おじいちゃん、右手をあげましょうね。つぎは、左手ですよ」と声を掛けている場面が映った。笑顔を絶やさず、優しい言葉を掛けながら、きびきびと動く女性の姿には、介護のプロの自信が漲っていて、観るものに好感を与えた。

高齢者の人口が増えたいま、こんな場面は日常的に見られるようになった。ところが、自分自身の将来像をこの番組の介護施設でケアを受けている男性に重ねてみると、いささか心に引っかかるものがある。

「おじいちゃん」は、子どもや孫など身内が祖父を呼ぶ言葉である。家中の最年長者を敬って呼ぶ言葉が、子どもにも呼びやすい幼児語の「おじいちゃん」になったのだ。ならば、見ず知らずのアカの他人が「おじいちゃん」となれなれしく呼ぶのは、間違いではないのか。

英語だと祖父は「グランドファーザー」で、その幼児語は「グランパ」だ。永年勤めたアメリカの大学病院で、スタッフが老人の患者を「グランドファーザー」だの「グランパ」などと呼ぶのは、耳にしたことがない。成人患者はすべて、ミスター、ミセス、ミス、ミーズなどのあとに姓名をつけた、名前で呼んでいた。

医療も介護も、人が人を手で触れながらケアするサービス業という共通点がある。人を相手の仕事は、名前の特定から始まる。これを怠ると患者取り違えが起きる。だから、医学生も研修医も他のスタッフも、患者に対しては、敬意をもってミスターあるいはミセスだれそれとラストネームで呼ぶように、院内法規は決めている。

ニッポンの熟年たちは「おじいちゃん」だの「おばあちゃん」だのと呼ばれて喜んでいる場合ではない。自分の名前で呼んでもらうように運動を起こすときではないか。

(出典: デイリースポーツ)

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