防空頭巾とマスク

昭和20年の夏、日増しに激しさがつのる空襲で大都市は廃墟と化しつつあった。おとなたちは敗戦を肌で感じていたが国賊呼ばわりを怖れて口をつぐんでいた。当時わたしは国民学校(いまの小学校)2年生。授業中に空襲警報のサイレンが鳴ると、母親が手縫いで作ってくれた防空頭巾と呼ぶ綿入れ頭巾を頭にかぶり、校庭に掘った防空壕に避難した。当時の政府は、空襲で飛び散る爆弾の破片から大事な頭を護るため、全国民に防空頭巾の着用を命じていた。

米軍の油脂焼夷弾は破裂すると着火した油脂片が四方に飛んで多数の家屋に同時火災を起こす仕組みだ。それに対処するため竹ざおの先に藁縄束を縛り付け水に浸して火を叩き消す「火敲き」と呼ぶ道具が考案された。炎をあげて燃える油脂に水はご法度。街角の水槽の側には木製の桶があり、燃える油脂にぶっ掛けて消化するための砂が容れてあった。

新型インフルエンザもようやく鎮静化して何よりと胸をなでおろす。水際作戦で海外からビールスの持ち込みを防ぐ任務に従事した政府係官のものものしい防御服をテレビで見ると、なぜか昭和20年の空襲時、B29から降ってくる焼夷弾に火叩きを手にしてたちむかわんと待機していた町内のおじさんの姿と重なって見える。政府の指針に従いマスク姿で街を埋め尽くした人の群れは、防空壕に退避した学友たちの防空頭巾姿を思い出させるのだった。

インフルエンザの蔓延が水際作戦やマスクの着用で防止可能かどうかの検証は実施されたのだろうか?現代医学は、効果が実証されていない治療方法は使ってはならぬと禁じている。マスクとインフル感染予防の関係を検索してみたが、効果を立証する報告は見つからなかった。今回の政府指示による対策の科学的根拠は何処にあるのだろう?

今回の新インフル騒ぎでハワイ州は、全米で一番多くの患者をだした。それでもホノルルの街角でマスク姿を見ることはない。米国の行政当局は怠慢なのか?それとも科学に信頼をおくからなのか?