医者が足りない?-その前に

1週間前の記者会見で小池沖縄担当大臣は、医師欠員のため産婦人科を閉鎖した沖縄県立北病院に、国が自衛隊の医師を派遣すると発表した。医師不足で診療科を閉鎖した病院は他にもごまんとある。だのになぜ沖縄だけが国から異例の救済を受けるナゾは、普天間基地の移転先が沖縄県立北病院のある名護市のキャンプシュワブということで解ける。

去年講演に訪れた沖縄県立北病院は、あたらしい建物で設備も整いなかなか立派な病院だった。こんな病院が医師不足に悩むのにはワケがあるのだ。

国公立病院は役所の定めた無数の規則でがんじがらめに縛られている。診療現場の職員が建設的な意見を出しても実現に繋がらない。頼りの院長は役所の係官に頭が上がらない。こうした構造的閉塞感が、意欲ある医師たちを辞めさせる。

急病患者の家族から「なぜいますぐ入院させ治療してくれないのか」と詰め寄られ、役所の規則がきめた理不尽によって、それに応えらない絶望感は、体験した者のみぞ知る。院長にガバナビリティを持たせれば、それだけで辞めていく医師は半減するだろう。

医師は自己完結型の職業である。自らが必要と判断して実行した結果を問われる仕事だ。その医師を何等級何号俸という均一給与で縛り、形式だけの勤務時間を決めてタイムカードを押させるという発想に、そもそも矛盾の原点がある。いつまでたっても矛盾解決の糸口が見えなければ、医師たちは辞めていく。

医師のような自己完結型の職業人には年俸がふさわしい。それも各科横並び同額ではなく、社会のニーズや医師個人の能力に応じて流動的に決める方式がよい。いまニッポンの医療界では、小児科、麻酔科、産科の医師不足が深刻な問題だ。思い切って、かれらの年俸を他科医師の5割増しにしてごらん。問題は即時に解決する。それは米国で経験済みの事実である。

(出典: デイリースポーツ)

心筋梗塞の起こる厄日

「ニッポンでは、心筋梗塞が起こりやすい曜日は、男性と女性で違いがあります。さて、それぞれ何曜日でしょう?」

明日はハワイに戻るという最後の夜、冷たい春の雨に散る桜を惜しみながら、大阪城に近いホテルの寿司屋で、しばし別れの宴を開いてもらった。その席上ドクターYが出したクイズがこの問題だ。

ドクターYはアイオワ大学に2年間留学し、研究生活のあとで帰国したところ、前のオーナーの放漫経営で軒の傾いた育和会記念病院の再建を任せられ、弱冠38歳で学究生活から病院経営に転じたという御仁だ。病院の経営は2年しないうちに完全に立ち直り、大阪の地域医療に貢献している。

ドクターYと話すと普通の病院経営者とちがって、会話の端々に学究時代の名残がにじみ出てくる。

「答えをお教えしましょう。熟年勤労男性は月曜日、家庭の主婦は土曜日です」
「それはまたどうして?」
「心筋梗塞は心臓の血管が詰まる熟年の病気で、発症にはストレスが関与すると言われています。昔から、週末のあと職場にもどる憂鬱な月曜日を“ブルーマンデー”と呼んできました。ニッポンの熟年男性にとっては、憂鬱を通り越して命がけの月曜日なのです」
「女性は土曜日というのが腑に落ちないね?ウイークエンドだから十分リラックスできてよさそうなものだけど」
「週末になると、亭主が1日中家の中でゴロゴロしていて、あれこれうるさく文句を言うでしょ。そのストレスがカミさんの心筋梗塞の引き金を引くのです」
「あらためて尋ねますが、年金生活を送っている引退生活者にとっても厄日となる曜日はあるのかな?」
「センセに限って、それはないと保証します。実は、いまこのホテル内で開かれている循環器病フォーラムに顔をだして耳にした情報をお伝えしただけなのですが、次回お越しになるまでに、引退生活者の厄日を調べておきます」

(出典: デイリースポーツ)

哲さん、よかったよ

数年前、内館牧子さん原作のNHK連続ドラマ「わたしの青空」で、バズーカというボクシングジムのおやじ役をやった渡辺哲さんの一挙一動に強く魅かれファンになった。その哲さんとデイリーで隣同士のコラムを分け合って1年余り、一度ステージを観たいと願ってきた。願いかなって先月の末、「田中角栄はかく語りき」と題する独り芝居をみる機会をもらった。

下北沢の芝居小屋ザ・スズナリにたどり着いた晩は、夜空に小雪が舞う寒い夜だった。超満員の小屋に押し込まれ、椅子に座って見回すと、元田中派の重鎮だった政治家夫妻がすぐ前に座っている。闇将軍とよばれた田中元総理の強烈な個性を、哲さんがどう演じるか検証にこられたのだろう。

「皆さん、わたしが田中角栄です」という大音声のセリフで幕が開くと、スポットライトに浮かぶ哲さんの姿は、誰もが知っているホンモノにそっくり。まるで田中総理があの世から舞い戻ってきたかのようだ。若かりし日の総理が、政界にデビューして以来、節目節目に行った演説のさわり部分を繋ぎ繋いで延べ1時間もの独り語り。何10ページにも及ぶ台本の膨大なセリフを完全に覚える作業はさぞや辛かったろう。

越後の無名青年が東京に出てきて政界にはいり、年月とともに膨大な力を集積し、やがては最高権力者にのし上がっていく過程を、哲さんは、身振りや口調の絶妙な技で演じわけた。

田中総理の節目の演説はいまでも観客の記憶に残っている。それを物まね上手に演じさえすれば、観客は自分の記憶と照合し、驚き喝采してくれる。だが家庭人としての総理は誰も知らない。余人の知らぬ姿を演じて見せるのが役者だ。哲さんは総理の家庭人としての姿をしっかり見せてくれた。

1時間半の長丁場に魅了された観客から割れんばかりの拍手とスタンディングオベイションでフィナーレ。哲さん、よかったよ。

(出典: デイリースポーツ)

王さん、ありがとう

ニッポンに来て1週間になる。ハワイ史上初めてという記録的な長雨を逃れ、春爛漫を期待して飛んできたのに、小雪の舞い散る底冷えは南国の気候になじんだ骨身に沁みる。

この間の世界野球選手権で、日本チームは強敵キューバを打ち破り、劇的な優勝を遂げニッポン中を感動、熱狂、興奮の坩堝に巻き込んだ。

「あの決勝戦には久しぶりに興奮したよ。こんなに熱狂したのは何十年ぶりだろう。従兄弟たち親戚中に電話をかけまくって、テレビをつけて見ろといってやった。松坂やイチローの一投一打に背筋がぞくぞくしたね」

何を語っても“やっぱりニッポンは駄目やなあ”という自嘲の言葉で締めるのが口癖の醒めた友人が、口角泡をとばしながら興奮の様子を語るのだ。

冬季オリンピックでは金メダル一つ以外は完敗、大相撲は破竹のモンゴル勢に三役を明け渡さんとしている。このうえ野球までも他国の軍門にくだったら、ニッポン男子の立つ瀬はない。こんな危機感がみんなの心の奥底にあったところにこの快挙、興奮せずにはおれない。

対韓国戦に2連敗して瀬戸際に立ったとき、イチローの「この不名誉は3度あってなるものか。相手に今後30年は勝てないと思わせるようなゲームにしようぜ」というハッパのタイミングがよかった。アメリカの野球やフットボールのコーチは、試合前のロッカールームに選手を集めて「相手を倒せ、殺せ、ぶっ潰せ!」と殺気立った気合をいれる。イチローの言葉はそれほど過激ではないが、暴力絶対否定のニッポンで育ったチームメートには、優柔不断と決別し旗色をはっきりさせる心地よさが伝わったのでは。

同僚の判定を覆してまで自国を有利に導こうとする恥知らずな米国人審判のホームタウンデシジョンなど、不利な条件が重なる遠隔地で混成チームを率いての勝利は素晴らしい。王さん、熱狂をありがとう。

(出典: デイリースポーツ)