続こどもの王国

風薫る5月の連休は日ごろ汗水たらして働く人たちが心待ちにする休日。“サンデー毎日”の日々を無為に過ごしている引退外科医などはこの黄金週間に出歩く資格なしと自らを戒め、家にこもってもっぱらテレビを見て過ごした。番組の合間を繋ぐ無数のコマーシャルも全コマ逃さず見ていると各社共通の特徴があるのに気づく。

コマーシャルになると画面が一転ショッキングピンクやイタリアンブルーのパステルカラーに変わる。こどもに関係のない商品や業種でも無理やり子役を立てて使う場面が多い。「はてな?」と戸惑っているといい年をしたオトナ数人が造り笑顔の前で両手にVサイン。サウンドのリズムにあわせてスキップしながら全身を左右に揺する姿は幼稚園のお遊戯。漫画キャラの縫いぐるみもやたら目につく。

ニッポンのテレビコマーシャルは商品の性能紹介よりもこども中心に動く家庭むけのイメージの伝達が主体のようだ。だからナレーションは総じてトーンの高いアニメ言葉になる。「○○は便利、簡単、おトクでチュョ」と稚語フレーズを聞かされると、幼稚園時代に引き戻されたようで怖い。一方アメリカのテレビコマーシャルは商品紹介が主体。製品の持つ長所をオトナの言葉で明確に伝える正攻法が特徴だ。

連休が明けると補正予算の国会中継。不況粉砕のためにみんなが期待した14兆円もふたを開けてみると役所に半分掴み取られて実効の有無は不明。なにもかも不明だらけだが何とかなるのがニッポンの強みだと楽観したところで、このコラムは紙面の都合でしばらくお休み。

回数にすると220回、4年半にわたって続けて来られたのは、ユニークさで他社の追従をゆるさぬデーリー名物「元気」欄に惚れたからの一言につきる。コラムは新聞からブログに乗り換えて今後も続ける予定です。引き続きご笑読ください。

(出典: デイリースポーツ 2009年5月14日 最終回)

こどもの王国

真夜中人気のない公園で裸になった泥酔男を捕まえてみると、国家事業のパブリシティを担当するほどの人気タレントだった。通常なら説諭放免の微罪だが、逮捕拘留送検し家宅捜査まで行った。起訴猶予処分と決まったあと、国のパブリシティは勿論テレビ、舞台、コマーシャルのすべてを降ろされ、孤立無援のままテレビの前で熾烈な質問地獄に晒された。この事件は当局がその気になればその辺で立小便をしたあなたでも逮捕拘留送検される可能性を示した。

契約社会のアメリカでは破廉恥行為などにより事業のイメージが傷ついた場合、関係者は相当の賠償額を支払うという一文が契約に含まれている。タレントの飲酒癖を知りながら単独で放置し泥酔させたのは事務所もその責を負うという論法だ。事態に備えて事務所は多額の保険に加入し、記者会見にはプロの渉外係を立ててタレントを徹底的にかばう。タレントは将来にわたって事務所に高額の収入をもたらす大事な宝物だ。

この事件と相前後して独特の毒舌による辛口批判で売り出した50男のタレントが、ご法度の琴線に触れたがゆえ全テレビ局から干された。会見の席で収入の道が絶たれ家族が路頭に迷うという泣き言を涙ながらに訴える姿には、辛口で売ってきた勇姿の影すら見えぬ。男はこんな姿を自分の家族にも世間にも晒してはいけない。「干すなら干してみろ。オレはしたたかに生きてみせるぜ」と言ってのけるのが大人の男というものだ。

メディアという巨大な虚構は、群れから外れたものを容赦なくいじめ倒す。取り巻きはやんやの喝采。なにやら子どもの王国に迷い込んだ錯覚を覚える。呑み込まれる前に早くハワイへ帰ろ。

(出典: デイリースポーツ 2009年5月7日)

おとしまえ

先週、分娩に立ち会った産科医が酒臭かったという訴えをとりあげたメディアの記者会見で、院長以下関係者がテレビに向かって頭を下げさせられた。映像を見ていたら現役外科医時代の不快な思い出が甦ってきた。

44年前、外科医として修業2年目、医局の命令で同期のYと一緒に島の病院に勤務した。大先輩の外科医長と副医長にYと私の4人で1年間に緊急を含む800件もの手術をする超多忙な外科だった。Yと私は病棟に隣接した医師宿舎に寝起きしていた。日暮れて宿舎に戻ると眠るまでのわずかな時間が唯一の休息。ビールを飲みながらくつろいでいても急患は診なければならぬ。急患を診る医師はYと私以外にいない。徹夜の手術が終わって夜が明けると休む間もなく待合室にあふれる外来患者を診るという多忙な毎日だった。

ある晩束の間の眠りをむさぼっていると「センセ、交通事故です」と夜勤ナースの声。着替えももどかしく救急外来に出向くと「来るのが遅いやないか。もしワシの息子が死んだら全責任を取らすぞ。外科の医者やったら寝たりせんと徹夜で救急外来の番をしとらんかい」理不尽な暴言を吐く被害者の父親は暴力団幹部。医師やナースはその後もこの男の数々の暴言に悩まされたが、治療の甲斐あって息子は全治退院の運びとなった。「亡くなられたら全責任取らすといわれた言葉、覚えていますか。全治退院なのだから一言アイサツをください」詰め寄るとしぶしぶ「ありがとう」の一言。きっちりおとしまえをつけてもらった。

ぎりぎりの人数で診療を切り盛りしている外科医や産科医には非番も休日もない。非番の日に酒を飲んでいても応援を頼まれれば病院に駆けつける。それを飲酒診療と謗るのは正論だ。だが飲酒しているからといって医師が診療を辞退しもしそれが不幸な結果を招いたとしたら、正論支持の人たちはどうおとしまえをつけるつもり?現実に即した対処が必要なのでは?

(出典: デイリースポーツ 2009年4月30日)

真の郵便サービス

桜の盛りは過ぎたが、つつじやさつきのピンクが新芽の若緑に映える大阪に着いた。持参のスーツケースを整理してみると、常用薬の残りが1週間分しかないのに気づいた。ホノルルを発つまえのチェックリストに「補給」をうっかり書き漏らしたのが原因だ。これから2ヶ月ものニッポン滞在中、血圧のコントロールが出来ないと困る。早速ホノルルの薬局に電話すると薬は2ヶ月分用意するが郵送は出来ないという。困ったときの神頼み。ゴルフ仲間のY子さんに連絡し、薬局で薬をピックアップし国際速達小包で送ってもらうようお願いした。

パッケージは48時間のちに我が家に配達されたが外出中で不在。郵便受けに残された配達通知書には幾つもの受け取り方法が指示されている。「X日間は局留めにしておくから印鑑をもって取りに来い」という紙切れ1枚を残した昔の郵便局時代と比べると今のサービスはまさに雲泥の差だ。指示された時間に電話すると応対に出た男性職員の言葉の隅々にまで尊敬の念が感じられた。薬はきっちり指定した時間に届けられ一息ついた。郵便は民営化後際立って便利になった。その事実に逆らって郵政を国営に戻したい人たちがいる。醜いアナクロニズムのウラにはよからぬわけがある。要用心だ。

米国の郵便局はいまでも国営だがニッポンの旧郵政省とは経営の原理原則が違う。郵便料金などは全国統一だが、現場の仕事内容や職員の待遇は各局によって違う。不在中にホノルルの我が家宛の郵便物は大阪まで無料で転送してくれる。これが国営郵便のサービスなのだ。一方、ハワイに帰ったあとで大阪の住まいに届いた郵便物は、次に来る日まで郵便受けに溜まったまま。これでは用心も悪い。

日本郵政も民営化記念に国際無料転送サービスを開始したらいかが?旧い社屋の保存に血道をあげる以上の国威掲揚になりますぞ。

(出典: デイリースポーツ 2009年4月23日)

別居予行の奨め

今年1月中旬、カミさんを大阪に残したまま独りホノルルに戻り2月半の別居生活を体験した。ふたりが離れ離れで暮らすのは初めてのことである。突然の決断をいぶかる友人知人はさては熟年離婚の前触れかと心配してくれたがそんなキナくさい動機ではない。

8年間も毎冬ホノルルで避寒を重ねてくると耐寒性は失われて当然だ。冬を越すには熱産生能力が不可欠だが亜熱帯に慣れたわが身はなかなか起動しない。ハワイ在住の古希にとってニッポンの冬は冷たく寒く辛いのだ。

耐寒性には個人差がある。わがカミさんは「寒いのは全く平気よ。真冬の朝冷たい空気に触れると身も心も引き締まって気持ちがいいわ」とうそぶく。冬が好きだという家内を無理矢理ハワイに連れ帰るわけにはいかぬ。さりとて大阪に留まればメシより好きなゴルフもままならぬ。

古希を過ぎると明日にでも逝く覚悟はあるが独り残ったら辛かろう。今のうちにその予行演習をしておけば衝撃も軽くて済むだろう。この際大阪とハワイでそれぞれ独居体験してみるかという会話が一人歩きし、一時別居が現実したというワケだ。

独り暮らしの我が家がらんとして味気ない。朝起きて米を研ぎ炊飯器をオンにし鍋で味噌汁を作る。昼飯の献立はと考えている間にも時は過ぎ行き気づいてみると早や正午過ぎ。昼は近くのハンバーガー屋で済ませ、さて晩飯はという時点で思考停止。考えても思いつかない間にも、汚れた食器を皿洗い機に入れたり洗濯の終わった衣類をドライヤーに移したり。床にバキュームをかけ終える頃には黄昏迫る。カミさんの1日がこれほど多忙とは知らなんだ。こんな毎日を何万回と重ねて偉ぶりもせぬ世の奥方たちと比べると「めし、風呂、寝る、アレ」だけで空威張りしている亭主なんぞ実態のない幽霊会社みたいなもんですな。体験してみるとよく判りますぞ。

(出典: デイリースポーツ 2009年4月16日)