日米文化の違いは深刻

国際事業で成功した熟年ニッポン男性Zさんは数年前に同年配のアメリカ白人女性と結婚し、トウキョウ本宅とホノルル別荘を行き来して過ごしている。そんな暮しのZ夫妻とひと宵ディナーを共にした。

「朝ベッドでまどろんでいると『朝ごはんはオムレツそれとも目玉焼き?』と尋ねるから『目玉焼きでいいよ』と答えて眠りかけると『飲み物はコーヒー?紅茶?砂糖?ミルク?それとも両方?』の質問攻めで目が覚めてしまうのです。アメリカの男は毎朝こんなカミさんの質問地獄に耐えているのですかね。それともこれは我が家独特の現象でしょうか。わたしは日本男児ですから用意ができるまで寝かせてくれたら、何でも文句は言わないで美味しく食べるといっているのですがね。センセ、どう思います?」ニッポン語で尋ねるZさんの質問をそのまま「と、あなたのダーリンは言っていますよ」と夫人に振ってみる。

「わたしたちアメリカンが一番大切に思っていることは、好きな人、モノ、居場所、時間、想いを自分で選べる自由です。だから我が家の朝ごはんは、ダーリンの好きなメニューに合わせて作るのがわたしの愛のしるしだと思って実行してきました。だのにこの人は『朝めしなんか何でもいいからもう少し寝かせてくれぇ』なんてひどいわ。センセ、わたしどうしたらいいの」二人ともエエ歳こいてエエ加減にしぃや。あほらし。

「ボクらの年代のニッポン人は選択の出来ない時代を通ってきました。家でも学校でも好き嫌いをはっきり言うと我侭言うなと叱られたのです。だから『どちらが好き?』と尋ねられると戸惑うのです。我ら日本男児の先達は、毎夕奥方との会話を『めし、風呂、寝る、アレ』の四語で済ませたそうです。Zさんにもそのトレンドが残っているのでしょう」「センセ、アレって何?」「アレはアレです」

(出典: デイリースポーツ 2009年4月9日)

アメリカ式選挙資金集め

選挙に巨額のカネが要るのは日米同じだが集め方はちと違う。現役の外科医だったころ上院議員の再選支援パーティに招かれた。支援者の邸宅に着くと地域のセレブたちがぞくぞく乗り付けてくる。受付役は前から顔見知りの当家の奥方。「ドクター、支援金は個人小切手でお願いしますね」「どうして?」「企業や団体からの献金は選挙資金として受けてはいけないのよ」「個人なら何万ドルでも?」「勿論よ。1万ドルぐらい奮発して頂戴よ。手術一回分じゃないの」「冗談でしょ」で会話は終わった。

分相応の額の小切手を手渡し胸に名札をつけて客間に入ると議員とそのカミさんが「ドクター、ようこそいらっしゃい」こぼれんばかりの笑顔で迎える。まるで十年来の友人同士のように肩に手をかけ握手をする仕草には熟達の技が感じられる。この人それまでに同じ挨拶を何万回繰り返したことだろう。「役者やのう」と感心しながら、こちらも負けてはいられない。

初めての患者に何年も前からのかかりつけと思わせ、信頼と安心感を持たせて緊張を緩和する技術も医師の職業的技巧のうち。「セネター、ここでお会いできてこれほど嬉しいことはありません」と手を握りながら目の奥をじっと見る。議員の頭のなかのコンピュータが「以前どこで出合ったかな?」とフル回転を始めるのが見てとれる。虚虚実実、互いに作り笑顔を交し合う田舎芝居。立ち話で議員への頼みごとに触れると、付き添う秘書にその場で下命してくれるサービスつきのパーティだ。

各地でこんなパーティを重ねると企業や団体の支援はなくとも数億円の選挙資金はすぐ集まる。オバマ大統領はこの方法で集めた草の根資金の数百億円を使って、ヒラリーを退けマケインを倒した。その蔭で「オバマの勝利はオレの小切手が支えたのだぜ」と無数無名の支持者たちは満足感に浸るのだ。

(出典: デイリースポーツ 2009年4月2日)

ハワイ住民の生活防衛策

「あれ、間違ったところに来たかな」クルマの運転席にいながら一瞬戸惑う。ホノルルで人気の洗車センターは去年まで順番待ちのクルマが前の道路に行列をつくるほどの盛況だった。今は閑散とした構内のそこここで右手に雑巾左手にガラスクリーナーの容器を持ったユニフォーム姿の男達がたむろしヒマを持て余している。

「これは一体何?いつもなら30分ぐらいは待たされるのに」
助手席のY子さんに尋ねてみる。
「不景気のせいですわ。家計引き締めで真っ先に節約するのが洗車です。クルマなんて自分で洗えばタダですもの」
「ハイウェーを走っているクルマも少ないね」
「オアフ島は人口100万にクルマが80万台。去年の秋以前は各自専用のクルマで好きなところへ行っていたのでハイウェーも混んでいましたが、金融危機以来ハイウェーの渋滞は殆どなくなりました」
「みんな外出しなくなったからだね」
「センセのおっしゃる通りですわ。ドライブするとガソリン代は掛かるし、行く先々で食事や買い物をすると出費が重なります」
「なるほど」
「どんな暮らしにも愉しみは要ります。それには映画が一番安上がりです。わずかな出費で1日中愉しめますから映画館はどこも満席だそうですよ」
「スーパーの駐車場もよく空いているけど、まさか食べものを減らしてまで節約はしないでしょう」
「食材は量販店でまとめて大量購入し町内で分けあうという手を使えば安あがりです」
そういえば近くの量販店で山ほどの買い物にレシートを別々にもらっている人をよく見かける。

ハワイ経済にとって観光業は命の綱だが、このところ不況で落ち込む一方だ。業界で働く人達はレイオフに備えて生活防衛に必死だ。かりにハワイ州政府が1家計に200ドルずつ支給したとしても消費に回わる見込みはない。ニッポンの暮らしはまだ豊かだと思うべし。

(出典: デイリースポーツ 2009年3月26日)

寒波、ホノルルを襲う

「毎日寒いですね」
ディナーパーティーで隣席の熟年女性に話しかけてみる。
「あたし、ハワイに移り住んで40年になりますが、こんなに寒いのは始めてですわ」
ホノルルの街往く人はみな長袖のジャージーにジーンズ姿。いつもならこの時期はTシャツに半パンツ姿なのに。

「ハワイ暮らしは9年目になりますが、冬の気温が年々下がっているように感じます」
「センセのお言葉通りですわ。今年のホノルルは、お正月から今日まで、厚い灰色の雲に覆われて雨また雨。北大西洋の冬の空みたいでしたわね」
「ニッポンからの観光客はがっかりですな」
「永年日本からのお客さま相手の観光案内サービス業をしておりますが、この業界は天気や気温に特に敏感です。ここ1週間は曇りときどき雨、早朝の気温は16度、日中でも22度位でした。こんなお天気だと、海水浴やパラセーリングなど海辺のレジャーはあきらめてもらって、ショッピングや島巡りツアーそれにゴルフや乗馬をお勧めするしかありません。ハワイ旅行らしくないですね」

地図でみるとオアフ島は北緯20度と北回帰線の中間に位置している。もうすぐ春分の日だから太陽はほぼ赤道の真上にある。6月20日の夏至には北回帰線上にくる。その頃にはほんの数日だが、太陽が我が家の北側に位置するのだ。

近くの尾根に聳え立つ数億円もの豪邸には超モダンな冷房装置はあっても、暖房は想定外でついていない。この寒さに街では厚手の布団や電気毛布が飛ぶように売れているという。一番安上がりでポピュラーな暖房は色とりどりの湯たんぽ。

10億円の豪邸に住むオーナーがアヒルの形をしたプラスチックの湯たんぽを両脚の間に抱え込んで眠る姿を想像するとマンガである。古希の今日までダテの薄着を通して来たこのオレがいまさら湯たんぽなんぞ使えるかい、と見得を切ってはみるが夜明けの冷え込みは辛い。だれぞ湯たんぽ替りになってくれる御仁はおらんかえ。

(出典: デイリースポーツ 2009年3月19日)

白衣着与式

「最近、我が大学病院を訪れた患者さんから、学生や若い医師の身なりや言葉遣いが悪いというお叱りの手紙を度々貰います。その都度注意しているのですが一向に改善いたしません。センセ、何かよい解決策はないものでしょうか?」先日某医科大学に招かれ「日米医学教育比較」と題する講演を終えたあと病院長から相談を持ちかけられた。

苦情の手紙には共通点があり「貴院外来を訪れたところ、ジャニーズ風長髪で両耳にピアス、白衣の下はTシャツGパン姿で自己紹介もしない若者がいきなり『どないしたん?』と尋ねました。医学生か研修医か知りませんがこんな無礼な人間にわたしの大事な身体を触れさせたくないと思い、診察も受けず逃げて帰りました。医師は医療技術者である前にまず紳士淑女、信頼される社会人たるべきでしょう。貴学ではどんな教育方針で臨んでおられるのか伺って見たいものです」という主旨だ。

ニッポンの高卒で入学する医学生とちがって、米国の医学部は4年制大卒が入学資格だから、学生達は遥かに大人だ。入学式には男子はワイシャツにタイ、女子はブラウスを着用するよう通告される。式では長老教授から医学生の心得を聞かされたあと、一人ずつ壇上に呼びあげられ、医学部長から各自ネーム入りの白衣を肩から着せてもらう。「白衣に恥じない行動言動をすると誓え。私服姿で講堂や大学病院に一歩でも踏み入れたら即時退学と心得よ」と引導を渡されて白衣着与式は終了。違反すると本当に退学させられる。

このハナシをニッポン各地で講演するたび伝えてきたら、白衣着与式を実施した医学部が現れた。医学生たちには好評だったようだ。だが「センセ、退学は無理です。身なり程度で退学させたら親が黙っていません」だと。ニッポンの大学が自治と権威を消失して久しい。大学人として情けなくはないか。

(出典: デイリースポーツ 2009年3月12日)