医師不足解決は「付き人」で

近頃、月2回のペースで小児外科医を求めるDMが来る。「環境最良の人口50万地域社会。勤務先は大学病院内併設の小児病院。オンコールは3日に1回。支援スタッフ充実。年俸保証50万ドルプラス歩合。専門医資格保有の小児外科医」年収5千万円保証はなかなか魅力的。錆びついた手指に油を差して、いま一度外科医に戻ってみたい誘惑にかられる。

文中「大学病院内併設の小児病院」というのは、費用節減のため大学病院の施設や設備にタダ乗りのヤドカリのような小児病院だ。「3日毎のオンコール」には、3人の小児外科医が交代で手術当番を受け持つ仕組みだから、月のうち20日は家で晩酌が出来るという意味が込められている。「歩合」は手術数に応じた割り増し加算だ。働きによって「歩合」が年間数十万ドルに達することもある。「専門医資格」は文字通り小児外科の専門医資格。5年の研修で普通の外科専門医のあとさらに2年の研修が求められる小児外科専門医は、全米で毎年20名しか誕生しない貴重な金の卵だ。引退外科医にまでDMが届くにはこんなウラがある。

「支援スタッフ充実」というのは、医師一人に数人の「付き人」を付けるという意味だ。アメリカでは、医師をタレントと見做して一切の雑用は「付き人」にさせる。医師による診療行為への報酬のみが医療団体の唯一の収入源であるのは日米共通。ならば医師を診療のみに専念させれば増収になるという理屈は子どもでも判る。診療に専念できるアメリカ医師はニッポン医師の4倍もの患者を診るが、疲弊はしない。

医師不足が深刻なニッポンの医療界は、この「付き人」コンセプトを欠く。「付き人」を持たぬ医師は「ハダカの王様」だ。責任のみ重くて支援のない激務は、やがて勤務医師たちを疲弊退職に追いやる。手遅れになる前に手を打たねば、事態はかなり重症ですぞ。

(出典: デイリースポーツ 2008年4月17日)

観光ハワイの危機

ホノルルの我が家で暮らして2週間が過ぎた。地元の魚屋で買う近海ものの活けのマグロは、赤身の刺身が飛び切り旨い。年中が旬のカツオと並んでハワイの隠れたグルメだ。両方とも相方はやはり日本酒。いまの気候は大阪の10月中旬ぐらいだから、熱燗が合う。そんなホノルルでも、半月も暮すと西中島南方食堂の秋刀魚の塩焼きや、店長手作りの卵焼きが恋しくなる。コラムが掲載される頃大阪に戻ったら、真っ先に駆けつけねば。

ニッポンから届く便りはもっぱら桜の開花と阪神タイガースの快進撃。円高、ガソリン値下げ、物価高騰、景気下降、日銀総裁の空席のすべてを組み合わせると、花だ野球だと呆けている場合ではない。ニッポンの水面下では深刻な事態が秘かに進行しつつあるようだ。

先週ホノルルでは60余年の歴史をもつアロハ航空が倒産した。永年ハワイ各島間のルートをハワイアン航空と2社で分けあってきたこの老舗航空会社は、米国本土西海岸にも路線を持ち年間50万人の観光客をハワイに運んでいた。今回ハワイ路線を持つ中小航空会社2社もアロハ航空と相前後して相次いで倒産。そのあおりでハワイの観光客は今後10%減と予想される。

当地のニッポン語ラジオ局は、毎朝日本からの到着便数と乗客数を報道する。バブル前のハワイ観光最盛期には1日1万人という時期もあった。8年前の9.11事件以後の一時期2千人を下回ったが、ここ数年は4千人まで回復維持した。ところが航空運賃に数万円もの特別燃費加算がつくようになって再び下降、昨日はついに2千人にまで落ち込んだ。

その影響でレストランもゴルフコースもガラガラ。当日でも予約がすぐ取れるのは異常だ。レイオフを怖れる地元民は買い控えに走る。だからショッピングセンターもスーパーも人影まばら。物価だけはじりじりと上がる。なにやら目に見えぬ重大危機が迫り来るのが肌で感じられ薄気味がわるい。

(出典: デイリースポーツ 2008年4月10日)

正義の番人

先日、関東のどこかの街で若者たちがたむろし騒いでいるという住民からの苦情を受けて23歳の警察官が駆けつけた。若者たちに立ち退くよう説得したが、すんなり従う手合いでない。やむを得ず拳銃を抜いて威嚇し、立ち退き命令に従わせたという。

記事を読んで、この23歳の若者に「たった一人で複数を相手ではさぞや恐ろしかったろう。よくぞ勇気を奮い起こし善良な市民の権利を護るための任務を果たしてくれた。近頃めったにみられぬ男らしい振る舞い、アッパレだ!」と秘かに賞賛の拍手を送った。

ところが2、3日後の続報を読んで仰天した。この正義の番人は拳銃の過剰使用で上司から叱責を受け1ヶ月の停職処分を食らったという。それに対して各紙は勿論、テレビのワイドショーなどでも一切反論はなし。地域住民を悩ませた愚か者たちは、逆転勝利に溜飲を下したことだろう。納得のいかぬまま成田からホノルルへ。

迎えのリムジンドライバーHに、早速アメリカンの心情を探索してみる。Hは永年連邦政府に勤めた後、今は定年後の暇つぶしにドライバーをしているホノルル退屈男だ。余談になるが米国ではこうした転職は珍しくない。わたしの勤めた大学を引退した億万長者の元内科教授が空港送迎専門の個人タクシーのハンドルを握っている。一度乗せてもらって何故にと尋ねたら「病人は診飽きたので健康な多数の人と接してみたいから」だと。天下りはニッポン特有の現象と見る。

「この拳銃過剰使用で罰せられた警官、アメリカの警察幹部ならどう対処する?」Hに尋ねると「無抵抗の相手に拳銃を抜いたら懲罰。相手が指示に逆らった場合、威嚇はもちろん発砲もお咎めなしだね。でなければ警官のなり手はいないよ」

折しもニッポンでは張り込み中の警官の目前で、多数の人が無差別に刺される殺傷事件が起きた。警官は全員丸腰だったという。正義の番人が武器なしで任務を全う出来るのか?ニッポンのワル共は、ちと過保護に過ぎはしないか?

(出典: デイリースポーツ 2008年4月3日)

ホノルル三題

2ヶ月ぶりにホノルル空港に降り立つ。肌に爽やかな潮風、青い空、白い雲はやっぱりハワイだ。我が家に着くや水道の蛇口から流れるホノルルウォーターで水割りを飲む。旨い。ホノルルの水道水は汲み上げた地下水そのままだ。世界一の味はケミカルを加えて処理した大阪や東京の水とは比較にならぬ。人口100万のホノルル市民を養う水の源泉をたどるとコオラウ山脈に降る年間降雨量12メートルの雨水だ。この大量の水が地下に浸み込み100万市民のいのちを支えてくれている。

ここ数年ハワイもサブプライムローンの影響をうけて住宅建設ブームに沸いた。ゴルフコース沿いの1億円を超える一戸建ては建設開始前に完売したという。部屋数こそ10室以上あるが隣家との間隔は5メートルに足らぬ安普請だ。今転売したらオーナーの損は幾らになるのだろう。ブームの最中、電気や水道工事の資格を持つ職人は工期を迫られた元請の高給に魅せられ、一般家庭の修理依頼など相手にしなかった。ある日水道屋に洗面所のカラン交換を頼んだところ、2時間ほどの仕事に工賃8万円を請求され目をむいた。ブームが下火となった今「よろず修理仕事、廉価で引き受けます」という職人の新聞広告が目立つ。奢れるもの久しからず。悔ゆるに遅しだ。

リビングルームのマイチェアで、水割りのグラス片手に衛星中継の千秋楽を観る。優勝をかけた横綱同士の対決に圧勝した朝青龍の笑顔が爽やかだ。賜杯の授受で眼と眼を交わさぬ理事長と横綱は不自然だった。角界もメディアも永年一人横綱で相撲人気を支えた朝青龍を、横綱白鳳が出現したとたん、水に落ちた犬を叩くごとく誹りまくった。これは恩を仇でかえす愚行である。

筆者の体験からすると、異国の地で要職に就いたあとになって、わが国の伝統が習慣がといわれても困るのだ。実力では負け知らずであっても異文化の価値観を持ち出されると勝てない。だから、朝青龍の心中、手にとるようによく判る。

(出典: デイリースポーツ 2008年3月27日)

『レモン』

春の訪れとともに、スーパーの店頭に色鮮やかな果物が並ぶ。積み上げたレモンを見ていると、35年前留学生として初めての米国で中古車を買ったときの記憶が戻る。
「中古車を買うときには『レモン』に気をつけろよ」と友人が忠告してくれた『レモン』は、外観色鮮やかだが中身はガタガタのポンコツ車の俗称だ。それにちなんで偽装商品を総称し『レモン』と呼ぶようになった。

米国で『レモン』商法が盛んだった当時650ドルで買った中古シボレーは、間もなくトランスミッションが壊れて修理に多額の費用がかかった。その後多業界に及ぶ消費者保護法が生まれて中古車業界から『レモン』を一掃した。いま中古車の売買には、あらゆる車種の年式と走行距離から算出した標準価格の載ったブルーブックが用いられる。下取り価格も販売価格も、クルマの程度によりって基準価格の上下10%の範囲内で取引される。だから一般消費者も安心だ。最近は中古車にも3ヶ月程度の限定保証をつける業者も増えてきた。

ニッポンでは新車登録をするだけでクルマの価値が5割近く下がると風聞する。カネのかかかる登録や車検制度というもののない米国では、市場価値は年毎に10%づつ直線的に減少する。

Y氏は留学生のI君から新車から1年経ったクルマを、10%減の値段で買った。Y氏が帰国する半年後になったがクルマに買い手がつかない。思い余ったY氏は愛車をディーラーに持ち込んだ。ディーラーから幾らで売りたいかと尋ねられ、Y氏が新車の20%減の値段を提示すると「それは2年モノの価格です。まだ1年半だからその値段に2%上乗せしましょう」
感動したY氏、「アメリカでは騙しが多いと聞いていましたが、誠実な業者もいるんですなぁ」

それもこれも強力な消費者保護法のお蔭。欺瞞商法がまかり通る今のニッポンに必要なのはこれだ。

(出典: デイリースポーツ 2008年3月20日)