賞味期限

「あれ、これは賞味期限が切れていますよ。こんな不良品を売るのは違法でしょ。なぜ当局は取り締まらないのですか?」

ホノルルに着いたばかりのAさんは、市内のスーパーの棚にならんだ日本製保存食品の賞味期限が切れているのを指摘して、憤慨する。

「賞味期限というものはニッポンでの決りごと。よく見て下さい。『x月x日までに売ってしまえ』と英語で書いた別のラベルが貼ってあるでしょう。これが当地の決まりごとです」「あ、ほんとだ。期限切れで廃棄すべき品を売りつくせだと!アメリカという国では、こんな悪徳商法がまかり通るのですか。幻滅しました!」

Aさんの憤りは攻撃的言動を生む。攻められたら反撃しなくては収まらない。

「Aさん、食べ物を食べていいかどうかは普通のオトナなら、自身で判断することでしょう?昔の人は、目で見、鼻で嗅ぎ、舌で味わってみて、これなら大丈夫食べられると判断したものです。ところが、今のニッポンは、ヒトの五感はすっかり信頼を失い、数値で現わされるデータだけが有難がられる社会になってしまいました。あなたも数値だけを信奉するデータ信者とお見受けしています。

アメリカでは、業者は安全基準に合わせて販売期限を設定しますが、一度売った商品をどう消費するかは消費者の自己責任です。この国では、誰かに何日までに食べろという指示などしてもらわなくても、自身の五感、経験、常識を頼りに自分で判断するのがオトナなのです」

賞味期限を過ぎたらまだ食べられるものも商品価値を失う。その結果、何万トンもの食料が無駄に廃棄されている。

「最近出版された佐藤優著『国家の崩壊』という本を、一度読んでごらんなさい。ニッポンで賞味期限の切れた商品をタダ同然の値段で買い集め、ロシアに運んで、売って大儲けした日本の政治家がいるそうですよ」

(出典: デイリースポーツ)

現代刺青考

夏休みで賑わうワイキキビーチのカラカウア通りで、すぐ目の前を歩く白人男女の肌に彫られた藍色の模様が目に止まる。見回すと右も左も刺青を入れた若者でいっぱいだ。OL風ニッポン人女性の肌を染めるぼかし彫りを眺めると、そのミスマッチに、まるで異次元世界に迷い込んだ幻覚を覚える。

若者の刺青ブームは世界的傾向だ。先日、ホノルルアドバタイザー紙は、18歳から29歳のアメリカン男女の36%が、刺青持ちと報じた。彫ったあと数ヶ月すると、入れた墨を自然に消退させる技術も開発されている。ひと昔まえには、刺青は船乗りかやくざ者の烙印だった。ところがいま、大学生やホワイトカラーの間のファッションとして大ブレイク中だ。

現役の外科医であった或る日、病棟看護婦のMが「わたし、刺青をしました。ドクターにだけ、内緒で見せてあげますね」といいながら、パンタロンのベルトに手をかける。「だめだよ。ここは病室だよ」と拒む間もなく、ずり下げた下着の隙間に白い肌と金色の叢が現れる。叢の蔭に彫り込まれたサーモンピンクのハート印を、この目でしかと見届けた。Mは他人の存ぜぬ秘密こそが刺青の快感だという。ならばなぜわたしに秘密を見せる?その裏には、秘密を人目に晒してみたい欲望が潜んでいたのだろう。

ニッポンのゴルフでは、ラウンドのあと大浴場でひと汗流すのが常だ。「刺青のある方、入浴お断り」と浴場の入り口にある注意書が気になりワケを尋ねてみた。倶利伽羅紋々を背負うその筋の御仁たちをクラブから締め出すため、別筋から下りてきたお達しだという。

アメリカだと明らかに憲法違反。総て団体は、刺青の有無で入学、入会、就職、昇進、昇給は勿論、大浴場の入浴も拒んではならぬ。もしも、よしとするならば、人相の良し悪しでも断られる。あなた、大丈夫ですか?一度、自分の顔を鏡にうつしてご覧になったら?

(出典: デイリースポーツ)

ビーフジャーキーはご法度

「友だちに頼まれたビーフジャーキーの土産を買いにいったら、店の人に、ニッポンには持ち込めないよ、と釘を刺されました。アメリカ産牛肉に対して、ニッポン政府の阻止作戦がこんなに厳しいとは思いませんでした。政府もなかなかやってくれていると安心しました」

ハワイに数週間滞在し、帰国を数日後にひかえた学生のA君がいたく感心する。

「アメリカ政府も、ニッポン政府に負けてはいないよ。ついこの間、とびきり高価な神戸牛の味噌漬けを土産にと持ってきた人が、ホノルル税関で全部とりあげられたといって、大層憤慨していたよ」
「え、それはニッポン政府の牛肉輸入禁止に対する嫌がらせですか?」
「そうではない。ニッポンが、アメリカ政府によって狂牛病汚染国に指定されているからだ」
「ウソでしょう。狂牛病のないニッポンがなぜ汚染国なのですか?」

A君は色をなして詰め寄る。

「狂牛病問題がクローズアップされたあとの数年間に、アメリカで狂牛病と確定された牛はわずか2頭だ。同じ期間にニッポンでは25頭もの牛が狂牛病と確定診断されている。2対25の比率だよ。米国がニッポンを狂牛病汚染国と見なすのは当然だろ」
「ホントですか。初めて知りました」
「そうと知らずに、大和煮の缶詰やビーフ風味のラーメンをスーツケースに詰めてくるニッポン人は多い。毎日、観光客の何人かがホノルル税関の別室に呼ばれて、缶詰やラーメンを没収されたうえ、お説教を喰らっているのを知らないだろ」
「ニッポンのメディアは、なぜ報道しないのでしょう」
「なぜだろうね。ところで、キミがホノルル滞在中に食べたステーキやハンバーガーは美味しかったかい?」
「はい、最高の味でした」
「ニッポンに戻ったあとで、足がもつれたり涎が止まらなくなったら、ま、覚悟することだな」
「え、ご冗談でしょう?」

(出典: デイリースポーツ)

貝殻追放

「金融界を左右する立場の日銀総裁が、問題の村上ファンドに投資していたのは、許せることではありませんな。この際辞任して、世間を騒がせたことの責任をとるのがスジというものでしょう」

ゴルフのショットの手を休めて、Cさんは厳しい意見をのべる。

「福井総裁が投資なさったのは就任以前のことですよ。当時の村上ファンドは合法的な投資ビジネスだったのですから、一民間人として私財をファンドに投資されたことには、何の不都合もないでしょう」
「しかし日銀の総裁ともあろう御仁が、投資で私財を増やすことに、世間は納得しないのです。総裁就任時に、株や信託投資などの一切を処分すべきでした」
「それでは、福井家の得べかりし運用益は、一体誰がどんな方法で補償して差し上げるのですか。仮に証券を現金化した場合、たんす預金にでもしておけばよかったとおっしゃるのですか?」
「銀行の定期にしたらよろしい」
「定期預金した資金がサラ金に流れて、強引な取立てによって自殺者を生んだとしたら、総裁の責任はどう追及します?」
「それは屁理屈というものです」
「ニッポンは自由経済の資本主義社会です。誰にでも資産を投資する権利があります。福井さんがその権利を行使されたあとで日銀総裁に就任し、またその何年か後に投資先の村上ファンドに不都合が生じたのです。その不都合もまだ裁判で判決はでていません。それで総裁を辞任しろという論理はないでしょう」
「こうした場合、ニッポンでは世間の声に従うのです」

いらだつCさんの声が厳しくなる。

「古代アテネは民主主義で大変栄えましたが衆愚政治に陥り滅びました。その末期アテネ市民は、国家要人の去就を、貝殻追放と称する好きか嫌いかの投票で決めました。ハワイから眺めるニッポンは、衆愚政治スパイラルに陥ったように見受けられます」

(出典: デイリースポーツ)

血液型はC型

「センセは、いろんな想いがいつも頭のなかで渦巻いている御仁やから、絶対にA型やと思うわ。当たったでしょう?」

先日の大阪で、いつものイタリア料理店ドンキショッテに集い、シェフ自慢のコースとワインの一宵を楽しんだ。その夜のパートナーは某社のオーナーと某広告会社のアカウントディレクターの女史ふたり。それぞれ自分の企画裁量で組織を動かす立場にあって、40歳プラスの輝ける女性たちだ。

「残念ながら外れでんな。ボクの血液型は最近発見されたC型いいまんね」
「ウソッ!ところでセンセ、アメリカ人の性格も血液型とマッチしますのやろか?」
「アメリカ人は型に嵌められるのを毛嫌いしますねん。血液型がどうやから性格が暗いの明るいの仕分けてくれるな、占いやないでというわけですわ。血液型で性格をあれこれ言うのは、ニッポン人だけに通じる信仰みたいなもんでっせ。お二人とも、ええかげんに迷信から覚めたらどないです」
「センセ、間違うてはる。わたしの知り合いやともだちは、みな、血液型と性格が見事に一致してます」
「そう言うところが典型的ニッポン人ですがな。ひとがA型やいうたら、A型の性格ばっかりを抜き出して見てはるのと違いますか?」
「ほっといてください」
「ガンといえばサルの腰掛にアガリクス。インゲン豆がダイエットに効くといえば、買って食べて病気になる。たちの悪い商売人のええカモですがな。お二人ともしっかりものの大阪おんなでしょ。血液型なんぞで男を見定めたら人生を誤りまっせ」
「センセは、血液型と性格には、医学的な関係はないといわはるのですか」
「ニッポンとアメリカで40年医者やってて、同業者の話題になったことはいっぺんもありまへん。これで納得?」
「そやけど、世間では納得できんことも真実やいいます。わたしやっぱり信じるわ」

(出典: デイリースポーツ)